白き兎

昨日の例会で配られた「斎藤茂吉記念館」特別展の案内には驚いた。
知っていれば寄っていたのに、今回の上山行きでは行かなかった。「茂吉の逸品を中心として」の資料展のようである。きっと良いものがあった事だろう。
上山と言えば、次の歌を思い出す。

上ノ山の町朝くれば銃に打たれし白き兎はつるされてあり
上ノ山の町に賣りゐる山鳥もわが見るゆゑに寂しからむか


歌集『白桃』に掲載された歌だと思うが、背景に茂吉の傷心の日々があったというのはよく語られている事である。何とも言えない悲嘆の響きを伴っている。
銃で打たれて売られているのだろう山鳥に、わが見るゆゑに寂し、というのは内面の投影である。
当時の上山では、こうした獲物が至る所に売っていたようである。
白き兎の歌は、上の句のややとつとつとした説明調が下の句の単純明快な写実を引き立てている。
わたしが今いろいろ研究している過去回想の助動詞「し」の遣い方の問題等、割り込める余地がないほどの緊張感である。太田行蔵『四斗樽』でも「声調上真にやむをえぬ場合」はの慣用「し」を認めているが、この場合は他に置き換えられない「し」であろう。昔師匠の木島茂夫が「詠嘆の籠った」場合の「し」の話をしてくれた事があったが、これなど「詠嘆の『し』」と言えよう。

わたしの行ったときの上山は、もうこういう場面等想像出来ないほどの市街地であった。
上山は、これから厳しい冬期を迎えようとしている。
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by t-ooyama | 2015-11-09 12:25 | Comments(0)

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