2017年 10月 13日 ( 2 )

お知らせ他

大会まで書き込みはしないつもりだったが、もう一回書くことにする。
事務局からmailで相談があった。
 
大会の日に「現代短歌社」の方が来て「現代短歌新聞」最新号を宣伝でお配りしたいと云うがどうするか?

ということ。わたくしは即座に「了解」と返信する。
経営努力は企業にとっては大切。こまごま歌壇に眼を配り、小誌の動向等もキャッチして、刊行誌の素晴らしさを宣伝したいと云うのだから何ら問題ない。それだけ小誌に魅力があり、わざわざ出張する価値があると認めて下さったのであろう。
有難いことである。
「現代短歌新聞」は、石黒清介の起こした「短歌新聞」の制作に関わっていた道具社長が、後継紙を目指して創刊されたもので、伝統的に購読料は廉価に抑えられている。値段以上の価値のある誌面である。
勧めらたら、購読されることをお勧めする。

夕方電話が鳴って永く交流のあった「高嶺」の廃刊を知る。
この四月より新発行所を受け持たれた江島彦四郎さんがお亡くなりなったとのことで、発行所移転じゃなく廃刊に決められたようである。短歌雑誌の発行を受け持つのは結構体力が要るので、誰でも出来る訳じゃない。この判断は苦渋の決断と云うべきなのであろう。
「高嶺」は早川幾忠が創刊した雑誌だが、小誌との関係が深まったのは二代目の二宮冬鳥の時代。
過去の回想の助動詞「し」の誤用・慣用問題を良しとしない二宮と、小誌創設者の木島茂夫が意気投合し、二誌を主導とする「し」の誤用への問題提起は、広く歌壇へ衝撃を与えた。この成果は太田行蔵の著書『四斗樽』になって残り、その完全復活版を、最近小誌に於いて連載したのであった。

二宮は大正二年生れの医師で、長崎で被曝した後、その研究にも功績を残す。以後複数校の大学教授を歴任して、併せて短歌にも情熱を注いだ。平成8年に逝去。
「高嶺」は、以後大牟田の森山誠哉氏の元より継続発行されたが、氏はこの春に八十八歳で亡くなられた。
その後に江島氏が発行所を引継いだのであった。
以後半年も経過しないのに、この度の不幸が重なった。
「高嶺」に寄り集う会員の皆様の悲しみが多いに察せられる。
江島氏のご冥福をお祈りするとともに、歌壇に強くその足跡を残した「高嶺」に中心より敬意を表するものである。

気骨のある短歌雑誌がまたひとつ消えて行く。
小誌はまだまだ頑張らねばならない。


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by t-ooyama | 2017-10-13 20:03 | Comments(0)

大会でお会いしましょう

お早うございます。
今日はどんよりの曇り空。肌寒いですが、日曜日の大会の日はどうなりますか。
最近の天気予報はかなりの確率で当ります。まだ精しくは見ていませんが、よい天気だとよいのですが。

今年大会の行われる地の両国は、冬雷にとっても懐かしい所です。
昭和の時代は両国から徒歩で会場の森下「森弐会館」へ行きました。結構歩くのですが、歩きながらいろいろ考え事をして気分を高揚させて行ったものです。駅近くには相撲の「高砂部屋」もありました。
当然また両国駅に戻るのですが、夕方の両国駅近くの喫茶店「白鳥」にいつも寄りました。

ひさびさの両国ですが、国技館も立派になったことだし、楽しみですね。
会場として確保した部屋はあまり大きくはないのですが、冬雷の規模ぴったりのところで、予定通り約70名の参加ということです。

最近昭和60年頃の冬雷の大会のことを振り返ったのですが、当時は大会出詠数も100前後でした。
冬雷への出詠者数が約250名の時代で、今よりかなり上まわっていたのですが、大会への意欲は強くなかったのかもしれませんね。しかも当時は東京中心の会員構成でしたが今は全国に会員の方の散らばる状態です。
そういう中での本年の大会出詠数は117。この数字には勇気づけられます。
素晴らしい大会になることでしょう。

どうぞみなさま、宜しくお願い致します。


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by t-ooyama | 2017-10-13 09:19 | Comments(0)