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謹告

皆様

わたくしは、このブログのなかで、自らの病気について書きすぎました。
このようなことは、自分にとっての重大関心ごとですが、他者はまた、受け取り方が違うかと考えます。
ブログというようなものの中で、書くことではないかと思うようになりました。
以後、そうした内容の記事は差し控えさせていただきます。
古い記事もひとつふたつ削除しました。
ご容赦ください。

当面は、ご無沙汰が多くなりそうですが、ごめんなさい。
音沙汰なきは元気な証と、思ってくださるよう、お願いします。
暗い記録はなるべくやめたいものです。

万事前向きに取り組みます。

昨日今日、真夏日です。
じりじり照りつける太陽の光にを堪能しています。
あつい日差しのなかから、ひんやりと、ひとすじの風が通います。
これも、真夏日ならではの「すずかぜ」です。
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by t-ooyama | 2011-06-23 14:25

体重

退院以後、体重が減り続け、現在62.6キロです。
これは入院前の(二月ごろ)に比べると10キロ減です。
二十代後半の体重がこんなもので、ひさびさにスリムに体に戻りました。
下腹の周囲だけは手術の影響があってぼてっとふくらみ気味ですから、ウエストに関しては、そんなに細くなっていないのかもしれません。二十代後半では、たしか70程度でしたから。
顔が痩せて尖り萎れかかった茄子か、蟷螂のオスのようにさびしくなりました。
こういうところの肉はなかなか戻らないのでしょうね。
歩くということは暑かろうが寒かろうがやらないと駄目なので、必死にリハビリ歩行を続けています。
汗だくだくです。梅雨の晴れ間の蒸し暑さが一層体重を減らすのかもしれません。

毎朝飲む薬の管理。
ほぼ3時間間隔で繰り返される、リハビリとして、手術部のメンテナンスとして行わなければならない「一人でやる仕事」があります。こちらが本当にハードです。
 
申し訳ないのですが、冬雷の選者、編集などの重要な業務は当分ご辞退させていただくことに致しました。つまり、気持の集中が、ひとつのことに続かなくなりました。生業としての「業務」にも復帰できないでいる厳しい現状をご理解くだりました編集委員会の皆様には、本当に感謝しております。

体重に関しては、ドクターからも「増やさないほうがいい」と言われているので、ご心配なく。
先ずは近況と御礼まで。
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by t-ooyama | 2011-06-21 13:51

表紙絵の御礼

嶋田先生より、冬雷50周年記念アンソロジーのための表紙絵を賜りました。
厚く御礼申し上げます。何日か前に着いていたのですが、リハビリその他の雑事に追い立てられ、落ち着かず、開きませんでした。
本日、ようやくしばしの暇がうまれ、ただいま拝見しました。
美しい、深い紅の椿の花が中央に描かれていました。
椿は寒の花です。
有難い事です。

この表紙絵を使って、これから編集作業に入ることになるでしょうね。
テキスト打ち込み、組版、校正、訂正・・・などの仕事は時間が掛かりそうです。
省略しては、誤植が出ます。これは、冬雷短歌会文庫のレギュラーでも同じですが、歌集に誤植はみっともないので、しつこいくらいに校正を著者に出します。編集室がこれに変るには、大変なエネルギーを要するので、そこまでサービスは出来かねる・・・という判断があるからです。
今度は冬雷としての歌集ですから、なおさら、誤植などのミスは許されません。
どうぞ、ご協力いただく皆様、そのおつもりで、よろしくお願いいたします。

美しい椿の花に酔いしれて、すてきな時間をすごしています。
嶋田先生、本当に有難うございます。
ご配慮、熱く受け止めました。

わたくしも、いま出来ることをきちんとやります。
大きな励みとなりました。

先ずはご報告と御礼とします。
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by t-ooyama | 2011-06-16 12:28

コメント有難うございます

今日はさながら真夏の日差しです。
病院のほうに提出する書類があって、出かけましたが、そのぎらつく太陽にすっかり圧倒され、ホウホウノテイで、逃げるように戻ってまいりました。昨日まで頑張って増やしてきた体重が、この日の外出で一気にマイナスの方に転じてしまい、えらく、損をした気分です。
さて、何人かの方から、コメントというか、激励のお言葉を賜りました。有難うございます。そのお言葉の一つ一つを糧にして、精進します。最近は何か修行増のような気持を感ずることがあります。何かにつけて、まだまだだめだ、修行が足らない・・・って、心底思うのです。
わたくしは、わたくしのペースで、着実に前進するつもりですが、重ねてお詫びしたいのは、その分、冬雷の仕事をどなたかに依存せねばならないことです。こっちの方も、ある種のボランティアなのですから、その仕事が回ってくる方にとっては大変なことになるはずです。そのあたりのことを考えると、心が痛みます。

  あの時が限界だつたと省みる臨死の人になつてはならず

と、かつてわたくしは歌いました。
限界というのは、本当に倒れてみないと分からないものです。倒れて初めて見えてくるのが限界なのです。
わたくしのこの状態から、仕事が多くなってしまう皆様、本当にごめんなさい。
どうぞ、御身大切に願います。

まずは、コメントを読んでの返信とさせて頂きます。
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by t-ooyama | 2011-06-06 14:32

退院のご報告(炎のリハビリ)

皆さま。
おはようございます。
わたくしは、6月に入りまして、初夏の美しい自然や、焼け付く太陽の日差しをじかに受け止められる環境になりました。午前5時には起きだしてリハビリとしての「強歩」に近い歩行を30分行います。ただ歩く、という病院内でのリハビリを一歩グレードアップさせた、わたくしが考え出した歩き方です。
具体的には足を付け根の部分より引き上げて踵より着地する・・・というものです。当然背筋を伸ばして頭をしっかり立てておきます。いかに早朝といっても、これだけ歩くと頭から汗が流れ落ちます。
戻ってからは家事リハビリという、これもわたくしが考え出した肉体への負荷をバランスよく与える仕事をします。具体的には、掃除、食器類や浴槽洗い、洗濯ものの取り込み、リハビリを兼ねた買い物、たまには食事の用意も致します。さらに孫の相手、特にぐずったときに寝かしつけるの得意です。
さらに、それでも満足できず、筋トレリハビリも始めました。
以前から使っていた鉄亜鈴を使っての主に上半身というか、腕の力をつけるトレーニングです。これを行いまたまたびっしり汗を流します。これらは結構肉体的には辛いことばかりですが、そういう人とは違う強烈なリハビリを義務付けないと、わたくしの頂いた病気に負けてしまいます。
わたくしは、すべて病院から頂いた指示とおりに行い、それでも満足できずに、わたくしの肉体の条件に沿って耐えられるぎりぎりのところを強い続けております。
お蔭様で病院を出てからは絶好調で、食欲は旺盛、眠りもコントロールさせるようにもなって参りました(いまのところですが・・・)。実は夜中にほぼ3時間の間隔で目覚めて行う「仕事」が義務付けられています。これをうまく乗り切らないと大変な状況に陥ります。わたくしは目覚まし時計を頼りつつ、ほぼ自力で3時間の間隔でしっかり目覚めております。
規則正しく、そして自分自身で行わなければ、誰も手助けしてもらえない、退院後のリハビリに取り組んでいるところです。この状態をめやすとしては半年間続けます。そのときの判断で、次のステップに上るか、今までの環境でのリハビリを継続するかの判断が医師より下ります。
わたくしの性格からしては、必ず次のステップに上りたいものと考え、人並みはずれた奇怪なリハビリを自分流に開拓して、行っているわけです。
周囲からは、なに馬鹿なことをしているのか? やりすぎて体壊しては大変だ。とかいわれまくっております。でも、わたくしは、かつても今も変人であります。自分自身も「自分は普通の人とどこか違う」と感じておりましたが、以上つらつら述べてきたことなど、その奇怪さの、ひとつの証明かもしれませんね。
こうしたスケジュールをこなしておりますので、わたくしには冬雷の仕事を入れる時間がすっかり無くなりました。ぎりぎり最小限でのお手伝い程度にならざるを得ないと考えております。当然、いままで任されてきました要職である「選者や編集」も当分はご辞退させて頂き、炎のリハビリに没頭したいものと考えております。
ただし、最小限での責任は全う致します。
そのあたりのことをもう少し体に自信が持てるようになり、電車などにも乗っていける状態になりましたら、冬雷の幹部の方々にご相談申し上げることになります。ご迷惑おかけしますが、わたくしも命がかかっておりまして、ご理解くださるよう、衷心よりお願い申し上げます。
以上べらべら、書きなぐりました。誤変換があったら、ごめんなさい。
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by t-ooyama | 2011-06-04 12:03