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富士山

富士山を世界遺産へという運動がさかんのようである。もちろん賛成だが、でも日本には他にも沢山の世界遺産がすでに認められていて、「世界」という視点からすると、一つの国の中にそんなに多くの遺産があるのは「どうか?」という気がしないでもない。
世界遺産がどうこうという問題でなく、富士山はやはりある意味日本人の精神的シンボルである事には違いない。それでいいんじゃないか、とも思う。

冬雷の新年歌会でも「富士山」の歌が軽くテーマにあがった。富士山をどう歌うか? というような事である。短歌に於いても歌い尽くされているのであろうし。新しい富士山を捕えるのはかなり難しい。でも、日本人として、歌作りとして、やはり富士山とは、ひとたびは真に向き合ってみたい所である。平凡だよね、と評されるとしても、歌う価値はある。いや、歌わねばならない使命のようなものも感じる。

実は最近知ったのであるが、この短歌工房からも見事な? 富士山が望めるのだった。朝のまだ空気の澄んでいる時、夕方の日が沈む前の束の間、ここから見える富士山も様々な表情を見せる。
今朝も最初は雪を被った見事な姿を見せていたが、次第に周辺の光の中に、空の青さの中に融けて見えなくなって行った。
昨夕などは、どんよりと赤い西空を従えて赤黒い山容を誇っていた。赤富士と言うか黒富士と言うか、まあ、そういう姿だった。
短歌工房のひとつの窓から、ちょうど前に高い建物のない空間がずっと開けていて、その視野の先に武蔵野の森が横たわり、その上にちょこっと富士山の五合目辺から先と思われる姿が見える。
意外に大きな富士である。

新年歌会を終えて嶋田氏と一緒に帰宅したのだが、最寄りの駅のホームにも「素晴しい富士山が見えるスポット」があると教えられた。「ここですよ」という所から嶋田氏が指さす方向には、運がよい事に駅前から広めの道路が真直ぐに伸びた高い建物の無い空間が開けている。
なるほど、ここからなら見えるなあ・・・と思った。
そういえばこの辺りにも「ふじみ」の地名が多い。今でさえこんなに大きく見えるのだから、大昔の人も少なく、建物も少なく、酸素も濃くて、空気も澄んでいた時代は、さぞ身近に聳えたっている神の山であったのだろう。
富士山っていいなあとしみじみ思った。
嶋田氏に「来年の表紙絵は富士山ですね」って言うと、「いやあ・・・」と躱された。
でも、冬雷の表紙絵に、現代の「富士山」の姿をどかっと据えたい気持が強く湧いたのは事実である。
皆さま、どう思います?
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by t-ooyama | 2013-01-17 10:57

賀正

皆さま。
新年おめでとうございます。
沢山の年賀状を頂戴し有難うございました。
この場をもって、ご挨拶に替えさせて頂きます。

新しい一年が始まります。良い天候にも恵まれて良い正月になったと思っております。
大晦日は紅白歌合戦なども視たりして、新しい映像技術の華やかさに驚き、眼がチカチカしてかなり刺激的で、最後まで視終えませんでした。昔ののんびり演歌の時代が妙に懐かしくなりました。
が、これがまさに現代で、新しい年を迎えるということなのだと思います。

頑張りたいものです。
どうぞよろしくお願い致します。

天気予報では、今晩から明日へ、それ以降は冷え込むようです。
霜柱等も高く立つでしょう。
それもまた楽しみですね。
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by t-ooyama | 2013-01-02 17:17