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ピンポン様、ブルックリン様へ

お二方への返信とさせて頂きます。

ピンポン様


 1.雨にぬれうな垂れ下校する中学生傘差し出すも拒みて行きぬ

 行き擦りの中学生なのでしょうか。原作を見ての印象では、知り合いではない近所の中学生で男の子。下句が簡潔で、省略も効いていて良いので歌の完成度は高いですね。上句も悪くありませんが,強いて言うと、少し説明がくどくて声調的にも意味的にもマイナスになっています。
  ☆雨にぬれ項垂れ歩む中学生傘差し出すも拒みて行きぬ


 2.水温む川面の水輪に集う六羽離れて一羽鳥の世もかなし

 結句を見ると、あたかもそれは人間の世の中と同じで、派閥とか苛めとか、差別とかのようなことが鳥の中にあるのだ…という構図ですね。これは主観で、歌を作る上で作者の主観がどこにあるかを明確にすることは重要な要素ですが、表現するには、どこまで露にするか? という永遠のテーマがあります。言ってしまえばそれまで、ああ「かなし」いんだなあ…ですが、できたらその「かなし」みを、読み取って貰う作り方をした方が「深み」が増します。つまり読者が想像する世界を広く残す…ということです。
 上句はもっと無駄言を整理したいですね。「川面の水輪」は何かまどろこしい。「水輪」に集う、というのも正しくない。集い泳いでいるから水輪が発生するんだと思います。そのあたりをきちんと捉えて行く習慣を身につけたいですね。できたら鳥の名前を入れたいですが、わたくしには不明ですから、とりあえずこのままで、以下のように致します。
  ☆水温む川に水輪をつくりつつ群れたる六羽ぽつんと一羽

ブルックリン様

お元気そうで何よりです。
作歌力の方もパワーいっぱいですね。二つとも素直にそして巧みに纏めてあります。

 1幼き日涙ながらに読みし本「路傍の石」の碑に手を合わす
 2幼き日涙ながらに読みし本「路傍の石」の碑をじっと見る

この二つでは、1の方が好きです。「手を合わせるですと字あまりですし、大げさな感じを与える様に思えますので」とのことですが、わたくしには自然に感じます。手を合わすという行為は「神仏」のみを対象とするわけじゃないと考えます。手を合わせる、じゃ確かに字余りで散文ですが、1は「手を合わす」ですから余っていません。

 3一村を生みし栃木は蔵の街巳川(うずまがわ)の水今なお清く

田中一村を慕って栃木を歩いているご様子も自然体で、格調高く歌われており良いですね。ただ「うずまがわ」は「巴波川」が正しく
  「ウズを巻き、波を立てて流れる」という意味に由来する。
とウイキにもあります。固有名詞ですからきちんと表記したいと思います。
わたくしども「冬雷」の仲間で堀喜恵子さんという方の歌集にも『巴波川』があります。
 ☆一村を生みし栃木は蔵の街巴波川の水いまなお清く
とすれば問題ありません。

以上を「トライ 短歌入門」の返信に代えさせて頂きます。
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by t-ooyama | 2013-02-11 23:32 | Comments(0)