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小宮さんを送る

今日は小宮さんの告別式であった。
二十五日に業務で路上運転中に気持が悪くなって、緊急停止して救急車を呼んだそうだ。
緊急措置の甲斐も無く、そのまま他界された。虚血性心不全という。

ご存知の通り、冬雷に於いて月平均3ページ程度の分量を書きまくっておられたので、そのパワー全開ぶりからすれば「?」の驚きである。気がかりであった前立腺関連の病気は、来年早々に手術し、一掃する予定でもあったので、まさに降って湧いた悪夢のような急逝だ。
わたくしも、氏とは五十年を越えるお付き合いで、実の兄弟同様、四つばかり上の氏を兄と頼って来たムキもある。木島先生亡きあとの冬雷を継続する上でも、氏の献身的な協力は、大いに力とした。氏の存在なかりせば、いまの冬雷も無かっただろう。
冬雷は、またまた大切な一人を失った。

久し振りに奥様や、ふたりのお子さんにお会いする事になったが、息子さんはがっちりした大男で、それでいて繊細な気配りのきく人物であった。娘さんは明るく弾けるような行動派で、双子を入れて5人の母であった。希望一杯で子育て中の若いお母さんって感じ。奥様は、しっとり落着いて、家庭の中を冷静に見渡して、いつも、しっかり管理するという雰囲気。
こういう中で、小宮さんはずっと暮していたんだなあと思い、あらためてその作品の背景がなまなましく彩られてくる気がした。

わたくしはお願いして我流の「弔辞」を読ませて頂いた。
その中で最後に披露させて頂いた次の一首は何だか照れながらの小宮さんが、ご家族へ残された「有難うメッセージ」のようだ。歌には、やはり妙な力がある。

  家族ありてその哀歓に支へられ長く住み来ぬ路地の奥の奥

字余り気味の初二句はきちんと言いたいという気持の表れ、結句の具体性が深い詠嘆となった。
この歌は、二月号に掲載予定の現時点では未発表の一首である。
小宮さんはもういらっしゃらない。
冬雷は、残されたメンバーでしっかり頑張って行かねばならない。
今日は「頑張ります」という誓いもしてきた。
久々にビールなども結構頂いたけれども、すこしも酔わなかった。
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by t-ooyama | 2013-12-28 20:23 | Comments(0)