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新年号よりの作品欄移動の方へ

すでに編集室へも、新年号用の作品が届き始めている。
有難いことだが、現実はこれから12月号の割付を見ながらの組版に入るところなので、取りあえず箱の中に納めて置くという状況である。

新年号から作品欄の移動になる方が、今回は20名程いらっしゃるので、新鮮な誌面が出来そうである。作品三欄から二欄へ移動される方が十名。二欄から一欄へ十名である。
特に二欄への移動になられる方は、以前から申上げている件についてのご配慮を是非ともお願いする。
御年九十代半ばをすぎて、なお冬雷の為に頑張って下さる選者、川又幸子さんの仕事量の軽減へのご協力である。このご負担軽減が進まないと、月々の雑誌発行の遅れが危惧される。

テキスト打ちの「Sさん」から手書き原稿のすべてが揃ったとの報告あり。原稿締切が15日。本日30日である。編集室の計算より少し遅れている。
現状だと予定していた6日下版は先ず無理で、途中に月例歌会やら祭日が含まれるので、急いでも13日頃にずれ込みそうだ。たぶん納本出来は25日あたりとなろう。でも、まあこれは、最近の通常の進行状況に近いので、そんなに慌てることも無いが・・・

まったく月刊雑誌の制作はタイトである。時間との戦い。どこを頑張って詰めるかに掛かっている。
原稿締切から選歌完了、作品欄割付あたりを迅速に進め、テキスト打ちに回す。
テキスト打ちの期間、すこし休息する。
テキストが出来たら、頑張って組版する。
ゲラ出しして、校正担当者へ郵送する。
校正する期間すこし休息する。
校正が戻ったら、赤字箇所の訂正をして再校、さらに念校と進める。
完了したら、印刷所へ回す。
次の締切日まで、すこし休息する。
というサイクルを編集室も、校正担当も、減り張りよく進めないと、
体もきついし、だいいち、家庭不和の因になる。
希望では、休息時にはどこかに小旅行でもしてリフレッシュして貰いたいと思っている。
締切厳守を皆様にお願いしているのだから、その他のことでは目一杯頑張ってやらねばならない。でも、いつもあくせくと追い回されないで、減り張りよく行ないたい。
せめてもの願いである。

作品二欄へ移動になる「手書き原稿」の方は、二欄担当選者の小林さんへの投稿に切換えて下さることを、最後のお願いとする。
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by t-ooyama | 2014-10-30 18:08 | Comments(0)

1634

「現代短歌」十月号の特集「万葉集に近づく鑑賞」に、一首指定されて参加した。
巻八の1634番、秋の相聞の掉尾を飾る家持からみの3首セットの歌の2番目である。これは「ある人の尼に贈れる歌二首」が先ずあって、後に「尼の頭句を作り、大伴家持の、尼に誂えられて末句を継ぎて和えたる一首」が続いている。この三首を三人で鑑賞する訳だから、多少ばらばらで、どこまで「万葉集」に近づけたかは、読み手のご判断というところ。
特集の「万葉集に近づく」というのがとても良い。自分勝手な、じゃなくて、あくまでも万葉集が生まれた時代ではどんなだったろうかと思いを馳せて、限りなくそこへ自分の方が接近して鑑賞する。これは基本的な読み方の態度だと思う。
はっきり言うと、万葉集はすでに外国語に書かれた詩に近いもので、訓読ひとつとってもまだまだ闇に包まれていて謎ばかりなのである。それだけに読んでみると触発されることも多い。

一六三四  衣手に水渋つくまで植ゑし田を引板我が延へ
      守れる苦し

という歌の鑑賞だが「現代短歌」十月号を手に取られて特集の流れの中での印象を捉えて頂きたいが、おおむね以下のように綴った。

  〈袖に水渋が染着くのも構わず植えて育てた田ですからね。
  稔りを迎え、必死に侵入者を防ぐ引板を張り巡らせ守っ
  ている私も苦しいです〉とでもなるのだろうか。原文は、
    衣手尓水渋付左右殖之田乎引板吾波倍真守有栗子
  である。わたしは万葉集は原文を見ながら考える習慣がある
  ので、読んでいくと面白いことに気付く。左右と書いて「ま
  で」と訓むのは左と右の手を揃えて「真手(まて)」という
  からで、袖に染着く水渋を歌うのだから両手をイメージする
  「まで」の表記には感心する。引板は鳴子のことで、板を張
  り巡らせた綱を引っ張って鳴らす。その見張りに頑張る苦し
  さを「栗子」と記すのも刺激的だ。
   この表記は万葉集に極めて稀で、普通は「苦」の文字をそ
  のまま多く使う。中には「辛苦」と書くのもあってさぞ辛か
  ろうなって感じさせる。万葉仮名の凄い所は単なる表音でな
  く文字の持つ意味を十分に考慮して記すことだ。「栗」は
  「慄」と同義で栗のイガが連なり刺さる恐怖、痛みを含み、
  「慄然」を意味する。痛みを伴う苦なのだ。勿論、労働の辛
  さを訴えている訳ではない。

苦し、を「栗子」と表記する特殊性に触れて、

  〈(貴方が)自分の事はさておき大切にひたに育んで来られ
  たお方もお年頃。私も引板を張り巡らし、ひたに見張りを
  する様に保護して参りましたが、今はその愛おしさのあまり、
  針の筵のような苦しみですよ〉としてみる。
   尼が「佐保河之水塞上而」と場所を特定し、後を家持に纏
  めさせた歌で締め括る配列など、もしかすると「或者」は家
  持自身だと思わせる仕組みを感じる。   (大山敏夫)

と纏めた。
 時間があったら、今回担当外の1633番、1635番についても、わたくし流の鑑賞をしてみたいものである。
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by t-ooyama | 2014-10-28 10:31 | Comments(0)

十一月号着

今朝早くに十一月号納本分(印刷所からの出来本見本10部)が届いた。
今月は十日(金曜日)着で下版したので、まるまる二週間かかったことになる。印刷所も忙しいので小誌のようなものを挟んで頂くのはやりくりが大変なので、こうして少し日時を要する時もある。ご配慮頂いている営業担当のHさんに感謝したい。
今月も素晴しい印刷の出来栄えだ。印刷製本が良いと、製版力まで良く見えて嬉しい。

企画中の合同歌集の案内を添えて、二三日で会員の皆様へも着くだろう。
発送担当の事務局、K様M様、よろしくお願いします。

編集室は、十二月用のテキストの出来待ちである。
予定通りの進行で、本年最後の「黄金の富士」の表紙の冬雷を作るべく準備中。
会員の皆様の御協力に感謝です。
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by t-ooyama | 2014-10-27 10:06 | Comments(0)

角川短歌賞

角川短歌賞も今年は60回を迎えるそうである。
その誌上での発表を前に、「短歌」十月号には別冊付録として素晴しいものが付いて居る。『角川短歌賞 受賞作品集』がそれ。B6判の並製本、本文128頁だが、なにしろ過去60年に及ぶ歌壇の登竜門として注目の新人賞を纏めて読めるのだ。こういうのはもっと本格的に作って発売しても結構売れるんじゃないかと思うが、編集部の有難いサービスじゃないだろうか。
目次見開き二頁に、第2回から59回までのタイトルと作者名が並ぶ。第一回目が無いのは該当者が居なかったらしい。鳴り物入り? で始まったかもしれないこうしたビッグな賞が該当者無しからのスタートだったというのも面白い。
二回目、安永蕗子。5回目、青木ゆかり。7回目、浜田康敬。14回目、小山そのえ。15回目、河野裕子。19回目、宮岡昇。20回目、鵜飼康東などというお名前を見ていると、若かった自分が、こうした方々との交流の思い出の中から浮んでくる。たしか鵜飼氏が受賞した時の次席が冬雷会員三次をさむ、であった。その時の選考委員の声の中に、実力的には三次作品の方が上だが、その環境が最後までのプッシュを躊躇わせたという雰囲気のコメントがあった。三次は、亡き師匠が指導していた死刑囚であった。

河野裕子は「桜花の記憶」で受賞したが、そのタイトルは処女歌集に採用されている。わたくしとは同年で、雑誌「短歌」での小特集「若ものの歌」では一緒に作品を出したことを思い出す。その特集には、早稲田在学中の福島泰樹氏も武闘的な歌を発表していた。彼は直後に処女歌集『バリケード1966年4月』を上梓するが、いま取り出してみても鮮烈な美しい歌集である。
別冊付録を捲りながら、勝手な昔の記憶に遊んだ。

冬雷ではかなり前より別冊付録をサービスで付ける企画を進めているが、歌壇総合雑誌でも最近付録がよく付くようになっている。そういうなかで、今回の角川短歌の付録は出色である。
ぜひ、皆さんもこの小冊子をゲットされたい。「短歌」十月号はお買い得だ。
各回の作品が見開きで、50首ずつ並んでいる。
読み応えある小冊子である。
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by t-ooyama | 2014-10-26 23:43 | Comments(0)

冬雷文庫の表紙カバー

お早うございます。
冬雷でシリーズ化している文庫ですが、すでに20冊が既刊、準備中が二つあります。
これは会員へのサービスと、作歌意欲の喚起を目的とするための企画で、制作側の金銭的利益などの出ない設定になっています。頂く費用は、印刷製本の実費、出来品を流通に載せて配本する手間賃、その他雑費の合計です。
特に表紙カバーなどは、最初から無い本もある訳だし、あった方が見栄えが良いからねっていうサービスから被せたものです(その分、少し制作費が上がっていますが)。そこを考えて頂き、なるべく簡易なアマチュアのスキルでも可能な材料やご要望を伺って居ります。
しかし、スキルが、じゃなくて、ソフトの能力が上がったのか、求められる品質が上がったのか、見た目プロのオペレーターが作ったデータに遜色ないものが出来上がるようになってきました。多くは印刷技術が素晴しいに尽きるのですが、そういうなかで、ますます著者側の希望が繊細になりつつあり、悩ましい所です。そこで、一先ず、前述の初心にたち返り、あまり高度な品質を求められても御期待に応じ切れないことを申し上げたいと思います。

書籍本文に付いては自信がありますが、カラー制作は全くありません。ただ色が付いて居るっていう程度です。それでご納得頂ける方の作品なら、内規に沿って、資格を有する方の作品を文庫化することを続けたいと思っています。
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by t-ooyama | 2014-10-18 11:37 | Comments(0)

設備更新

誌上でもちょっと触れましたが、編集室の設備を更新しました。
八年目に入ったわたくしの Power Mac G5 が、いよいよ老朽化して何が起るか分からない危険な状況となりつつあり、取りあえず新しくせねばならず決断しました。出版印刷業界の現役であった時代の知識を活かして選んだ設備でしたが、いま買うとなんだかんだで総額60万円程度は用意せねばならぬ同型種のPCはさすがに敷居が高すぎて、今回は普通の iMac の最上機種にしました。
それでも比較すると、今の Power Mac G5 より CPU も記憶能力も凌ぐようなので、簡単な書籍本文の組版程度なら簡単にこなすだろうと思います。値段も20万ちょっとなのでお手頃です。
新しいPCには驚きの連続です。マウスもキーボードもワイヤレスです。特にマウスにはスクロールも画面の「戻る」などもマウス表面を撫でたり横に払ったりで可能です。スマホの感覚ですね。

ただしこれだけでは組版は出来ませんから、新しく最新バージョンの編集用ソフト一式を契約しました。かつてはソフトは買い取りで、PC一台に一つしかインストール出来ない仕組みでした。購入済みのソフトを新PCに再びインストールすることは良いのでしょうが、旧すぎて新しいPCには既に取込めない状況でした。パソコンがバージョンアップされればソフトも時代遅れになりバージョンアップ品に合わせねばならない構図ですね。
アドビの編集ソフトは、買い取りからリースに変っていました。
必須ソフトは、フォトショップ、イレストレーター、インデザインの三つ。そこにPDF(ポータブル・ドキュメント・フォーマット)を製作出来るソフトのアクロバットがあれば完璧です。この四つを自由に使える契約は月額5000円弱でした。現在のリース契約の場合は契約者所有のPC二台まではダウンロードが許されるとのことですが、同時に二台で使うことはイケナイという微妙なものです。さしあたり1台を使える状況に設定しました。そうそう大事なことを忘れていました。編集作業にはMac用のマイクロソフト office が必要です。Word や Excel のWindowsデータを変換する所から、組版は始まるのです。こちらはパソコンと一緒に購入しました。


新設備は現在試運転状況です。
個人的な印象ですが、やはりMacはWindowsより一般的に長もちで、故障も少ないようですね。八年使ってもフリーズ状態になったのは今年に入って一度あっただけです。さすがに最近は動きが緩慢になって来て少し苛立つケースもあります。老化ですね。今年一杯はこの高齢パソコンと語り合いながら、作業をしたり、インターネットを楽しむことになります。
新年号から、設備も更新されることだし、誌面も少しずつ変化して行くことになるでしょう。

この古いパソコンは廃棄とせず、大切に労りながら、継続して使って行きたいと思っています。インデザインのCS2ソフトが入ったままですから、古いデータを見たり加工するのは可能です。
あと何年働いてくれるのか? じっくり付きあいたいですね。
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by t-ooyama | 2014-10-17 14:07 | Comments(0)

選者賞

日曜日の大会では、選者賞なるものがあって、わたくしも用意した。去年は岩田享氏著『斎藤茂吉と佐藤佐太郎』を天地人の3冊揃えた。
今年はかなり前から準備して良さそうな本の候補を幾つか溜めておいた。ところが大会間近になってそれを探したがどこにも無い。編集室は生活感たっぷりで片付けが行き届かない。最近使ったいろいろな資料が身近に散乱、山積みで、どかしたり積み直したり、でも、無い。
押し入れに片付けたのかもしれないと、そこに積んだり並べたりしている書籍や雑誌をひっくり返しても、無い。他にもせねばならぬ大会準備があるので、あきらめて溜めたもの以外から勉強になりそうな手持ち書物を三冊選ぶことになった。でも、何か申し訳ない気持が募り、サービスで古い自分の歌集の扉に一首書いて付録に付けた。以前もこうしたことはした記憶があるが、今回は『聖記号』を選んだ。
そんな思いの籠った紙袋をよっこらしょと持ち運んだが、結果は該当者がすべて欠席だった。
こういうのも、事前に調べて作者や参加の有無など把握しておけばもっと合理的な方法も思いついたのだが、何ぶん選歌規約を遵守して、作者名不明のママに選ぶことに徹した。

当日のパネラーによる批評会の時も、進行役として作者名や互選獲得投票数などの情報もシャットアウトして「知らない状態」で進行した。余分な先入観の排除に徹した。
前半が終了し、質疑応答の時に、ある人がある歌を指定し、今日は批評が聞かれない川又先生に評をお願いしたい、と指名した。それを受けて、ああそうか皆さんは川又さんの批評が聴きたいのか、と思って、後半では予め川又選の天地人の情報を事務局から貰って、その作品の時には、こちらから指名して川又さんの批評を流すことにした。
進行役って、結構気を使いアンテナを張り巡らせておかねばならないなって思った。
考えてみれば、師匠が存命時代は、師匠自ら、こうした批評をパネラーのような状態で参加等決してなかったし、司会進行役なんてのもあり得ないキャスティングだねって、思いつつ。
わたくし如きは主宰者などという立場にあるという認識等皆無なので、しかも67歳にこの十月で達した老人ながら、冬雷ではまだまだ比較的若い年齢層に組み込まれているので、皆さんの先頭に立って盛り上げて行く仕事には何でも参加するが、川又さんは、もうかなりの御高齢で、パネラーの立場でじゃんじゃん批評するにしんどかろうと、慮っての今年の状態であった。

今年の川又さんは、傍から見ていても「きつ」そうである。何しろ担当選歌の数が多過ぎる。文章を書くスピードが恐ろしく遅くなった。月々の編集後記のあの数行でさえ、三,四日ゆとりを持っていても結局最後は催促を差し上げねばならぬ状況となった。御年95歳とは、そういう大変な年齢なのであろう。ただ、その作品には少しの弛みも衰えも無く充実し、張り切っている。それだけに、なるべく余分な仕事に能力体力を消耗させないで、作歌に打ち込める環境を作ってあげねばならないって、このごろとみに思うのである。
そういう中での本年の大会であった。

さて、わたくしの古い歌集がそろそろ3方のもとに届く頃か。
すでにお持ちなら、どなたかお知り合いに回して下さることを祈っている。

皮肉なことに、探しまわって見つからなかったものが、いまごろひょっこり現れた。灯台下暗しであったなあ。
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by t-ooyama | 2014-10-16 17:23 | Comments(0)

「し」の話

昨日のサッカーをちらっと観ましたが、ブラジルに完敗でした。手も足も出ない、高校野球とプロ野球ほどの差があって遊ばれた印象です。あのレベルの試合になると、チームプレー云々ではない個人技の連携による力が重要なんでしょうね。日本は個人技で圧倒され、看板選手へ球を集めてチームのカラーを誇示するブラジルに押し潰された訳です。サッカーの4点差は大差だし、一人に4点取られるのも稀なことです。

さて日曜日のことですが、比較的若い世代の方の発言が目立ち、そういう声に接したことは良かったですね。特に印象に残ったのは過去回想の助動詞連体形「し」に拘っているものでした。
冬雷では、創刊初期において、この問題に積極的に関わり歌壇に発言してまいりました。当時十代であったわたくしも、言ってみれば子供の時から叩き込まれた問題で身に沁みついております。短歌作品に、この「し」が文法にのっとって使われていないことが多く、目に余るのでしっかり検証しようという態度だったのかと思いますが、「高嶺」と「冬雷」が主になっての問題提起でした。先頭に立っていた国語学者故太田行蔵先生が標的にしたのはアララギで、その代表として論を張ったのが故宮地氏でした。

問題提起は歌壇にインパクトを与えました。こんな問題があったのか、知らなかったが、この際見直したい、と思った方も少なくなかったことでしょう。
議論は論戦も含めて際限ない雰囲気で継続しました。しかし幾ら議論しても或る境界にまで行けば先に進めません。間違いだ、いいんだ、の判定など当時も今も難しい訳です。
結局、常識を超えた大力作家が、文法という枠を超越して、芸術的感動のおもむくままに最初の事例を残したのでしょう。それを多くの凡な一般作家が手軽に模倣した。その連続で歌壇に蔓延した、という構図かもしれません。そこに気がついたので、ちょっと待った、という問題提起かと思います。
だから、ある程度その問題が広まれば目的は一応達成されたことになります。あとは現役歌人たちの常識にゆだね、正しい方向へ向かうことに賭けるしかない、でよい訳です。だから、その後も延々と続く冬雷での議論には、いささか(申し訳ないけれども)うんざり気味でした。当時木島先生にも、もうそろそろいいんじゃないですかって申し上げた記憶もあります。

日曜日の若い層の発言に刺激され、古いことを思い出しました。
「し」の問題には、わたくし個人的には結論を導き出し、二十年ほど前に(たぶん)冬雷誌上に連載しました。間違いは確定的なので、それを慣用だなんて処理せず、正していこうという態度です。でも、最もいけないのは作者の体験ではない周辺の状況、例えば「きれいに澄み透る水」などを「澄みし」とすること。口語でいう絵に描いた餅などの「た」を「し」に置き換え「描きし」ということ。目の前に咲き始めている花を「咲き初めし」ということ。等です。
「し」の上に「かつて」を付けてぴったりする状況が正しい「し」の用法だと思います。なにしろ「過去回想の助動詞」というものですからね。
でも、かなり妥協して自身の体験についてはかなり近い過去でも「し」は許そう、とか、死者になっている方の比較的近い過去の状況を歌うには認めようとか、まあそういう妥協です。
自作については厳格に守っています。
そして、わたくしが選歌を担当する方の場合も、一応はその点を指摘し、再考を促しています。
要するに、間違いである事実を知ったうえで、あなたはどう使いますって問題です。
どうでもいいっていう態度にだけはなりたくありません。

サッカー日本代表は個人技でブラジルのそれに大差を付けられました。サッカーと短歌は同じじゃないけれども、冬雷も個人技で優れた才能がどんどん育てば、結果的にチーム冬雷としての力も上昇するのでしょう。画一ではない個を大切にしたいものと考えます。

まずはこの辺で、お終い。
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by t-ooyama | 2014-10-15 12:11 | Comments(0)

わく子

わく子がわたくしの側に来てくれてからかなりたちますが、本当に助かっています。
今朝も起き出すとすぐにお世話になります。「お願いね」って水を満たすと、ハイハイって言うかにるんるんの音が出始め、どうぞって感じにサインがあります。そして朝のお茶を頂きます。

今朝は台風一過の晴天ですね。時折りおだやかな風が渡るようで木立がそよぐのも良いですね。
昨夜はほんの束の間ですが、道路を転がり回るバケツか何かの音が続いていましたが、案じた程の印象も無く川越の上を通過しました。おそろしく早い、特急の列島縦断だったようです。
ニュースでは各地の被害を伝えて居ります。ご被害に遭われた皆様には御見舞い申し上げます。
わたくしども冬雷のお仲間は関東が多いとは言え、全国に散らばっていらっしゃいます。御見舞いとともに、ご被害のなかったことを祈らせて頂きます。

さて、大会を乗越えると次は12月号の投稿締切日が迫りました。続々と作品等が寄せられて居ります。今月は個人的な事情もあって、締切日厳守で選歌に入り、週末までには手書き原稿のテキスト打ち担当へ回す予定です。未提出の方がございましたら大至急投函、或はご送信願います。

順調に行けば、来週一杯でテキスト打ちが終了し、再来週からは印刷用データの制作になります。今年最後のものですから、早くも年末気分ですね。
組版が終れば、ゲラ出しをして紙による初校校正が行なわれます。
これが済みますと、PDFデータのやりとりによる再校、念校と続きます。予定では、ぎりぎりまで粘って誤植チェックを続け11月6日午前中に下版作業を完了させて印刷所へ回します。
タイトな日程のなか、頑張って居ります。最近はこうした裏側をご理解下さる方が多くなり、誤植が運悪く残ったとしても、厳しく訂正を求めお叱りを受けることも減りました。雑誌ですから時間との戦いで進行するので多少の誤植は仕方がない……は、大手出版社とて同様です。まあ、冬雷の校正担当は実に優秀で、真心もあって、本当の意味での誤植は激減して居ります。
誤植には、作者ご本人がその要因を作っていることが結構あって、概ね偏った方のスペースに生じて居ります。ご自分の作品欄で誤植が目だつような方は、どうぞじっくり、その原稿を見直して客観視して下さい。達筆すぎて読めない、その逆もあります。手書きだと自由だから、ご本人が発明した文字まで書かれる方もあります。こうなるとその事実を確認するまで、かなりの時間のロスもでて骨を折ることになります。また、当用漢字を使う中で一部だけ正字(古い書体)で書く方もいます。こういうのもいちいち正しておりますが、手間取ります。
冬雷では、固有名詞を除いては正字の使用を避けて居ります。こんなところも御協力お願いします。

わく子が「そんなにくどく言うもんじゃないですよ、爽やかにね」って言うように手元で笑っているので、止めましょう。
締切日から選歌、テキスト打ち、編集、組版、校正、下版の流れをちょっと記しました。ほぼ一週間単位で流れて進行します。下版が終るのを待ちかねて、次号の投稿が届き始める、こんな毎日です。

12月号には兼目さんの文庫判歌集『天空』が付きます。
こちらはかなり時間を掛けて進めた書籍ですから、誤植は仕方ないじゃ許されません。何度もチェックし、複数の方の眼も通してほぼ完了して居ります。12月号の下版に先だって十月一杯には印刷所へ回す予定です。お楽しみに。

これからですが、わく子に手伝ってもらいコーヒーでも飲んでから、到着している方の歌の選を行なう予定です。
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by t-ooyama | 2014-10-14 09:37 | Comments(0)

御礼

日付が変わったので昨日は、となります。
東陽町での大会が無事にお開きとなり、一先ずほっとしています。
帰りは数名の仲間と「お茶」を飲んで歓談。その後同じ駅まで行く嶋田さんとずっと一緒になりました。そういえば去年もたしか途中の飯田橋乗り換えの時にばったりあって、その後一緒に帰ったなあと思い出しました。いろいろ興味深い話も聞きました。冬雷10月号掲載の特別作品「語り部としてのノモンハン」(田中國男さん作品)を読んで衝撃を受けたという話もありました。
あのノモンハンの戦場で、たったひとりの生き残りが田中さんで、その恐ろしい体験を「語り部」として短歌に作り遺したいとする重い作品です。御年96歳の頭脳はとても明瞭にそのありのままを記憶して淡々と歌っています。嶋田さんは、現役時代に仕事の企画で「ノモンハン」について調査することがあり、その生証人の存在を嗅ぎつけてはいたものの、あと一歩で辿り着けなかったそうです。それが今は、こんなにも身近なところにいらっしゃるという事実に吃驚したということでした。
現在も同じようなことを調査していらっしゃる方があるかもしれません。冬雷最新号がホームページにアップされている訳ですから、田中さんの特別作品38首をご覧になり、そうしたら、語り部が語り継ぎたいと願っているわけだし、本格的な取材なども行なわれるかも知れませんね。

東陽町からわたしどもの駅までは結構永いので、その他さまざまな雑談に盛り上がりました。
緒形拳の鬼気迫る演技の話。森繁久彌の武勇伝。渥美清と西田敏行との演技の違い。
いや、面白かったですね。

ということで、無事に帰還しました。
早速に、いつもお世話になっている愛する「わく子」(湯沸かし器)から貰った、温かい「お茶」で一休み。そして就寝です。

その前に、大会で大変お世話になった皆様に謝意を表します。
素晴しい批評を展開されたパネラーの皆様、お疲れさまでした。有難うございました。
総合司会のKさん、ご苦労様でした。
会場でインタビューを担当してくださったTさんOさん、頑張って下り有難うございます。
懇親会の方も名司会でした。
皆様の御協力にただただ感謝です。

じゃ、オヤスミナサイ。
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by t-ooyama | 2014-10-13 01:06 | Comments(0)