<   2014年 11月 ( 12 )   > この月の画像一覧

天空

兼目久さんの文庫歌集『天空』はもうお手元に届きましたか。
美しい表紙カバーはお友達の斎藤日出世氏の作品です。ほのぼのした赤味をおびる空の下には、たくさんの人々が生活を営む街の灯りがきらめいています。赤味を帯びた空間のさらに上空は濃紺の夜空でしょうか。雄大に際限なきまでにの広がりを見せています。
歌集名『天空』はその照り返しのような輝く真紅の文字です。

昭和41年3月に、初めて冬雷に作品を出して以来、一筋に頑張ってこられた兼目さん。
この歌集は、最近の作品からの自選です。
飾らない男の情感がたっぷりですね。

どうぞ皆様、兼目さんへ、読後感などお届けください。
表紙カバーは、編集室で取り込んでデータを制作しました。再現がかなり難しいと判断し、細心の注意を傾けての作業でした。お陰さまで、印刷をうまくしてもらって、素晴らしい出来上がりとなりました。
見開きにして、ここにアップします。

隠れていますが、折り返した部分の「自選六首」は、

  幾重にも大き丸葉に囲まれて真中にどつかと甘藍実る
    王羲之ら千六百年前に集ひたる「蘭亭」の地に我も佇む
    山腹を穿ち作りしトンネルに醸造酒あまたねかせ置かるる
    コーナーで体当りしてパック追ふアイスホッケーの熾烈な戦ひ
    切株は八畳分の広さあり千八百年を生きたる大杉
    忙しく動き回りし一年か命保ちて新年迎ふ


であります。これらの歌は、夜空のほのぼの赤味の空の色を反映させたオレンジ系の色の上に刷り載せました(ちょうど、ここに六首を転載したフォントの色に似ています)。
実は、そこが表紙カバーのデザインで、さりげなく気に入っているところでもあります。

c0216213_22573123.jpg

[PR]

by t-ooyama | 2014-11-28 23:00 | Comments(0)

「黄金の富士」から「とうがらし」へ

冬雷12月号ができあがり、無事に配本されました。
担当された皆様にお礼申します。今月は別冊付録の文庫021『天空』が付いたので手間もかかったことでしょう。お疲れさまでした。

表紙画の「黄金の富士(嶋田画伯の命名は「白き富士」です)」を掲げるのは最後となりました。一年って早いですね。53年目となる冬雷ですが、正直申してわたくしが一番大好きな表紙画でした。
お別れするのが本当に惜しいですね。

さて、本日印刷所から、来年の表紙画の色校正が届きました。担当営業の方も、冬雷の表紙画の製版をすることで「新しい年が始まるなあ」という気持ちをいつも抱かれるそうです。区切りを付けて、新しいスター台に立つ気持ちでしょうか。こころ奮い立つものがありますね。

新表紙画は斎藤茂吉の

   唐辛子の中に繭こもる微かなる虫とりいだし見てゐる吾は 
   
という歌を題材としております。
ちょっと珍しい歌を取り上げてのイメージを描き上げた力作です。
唐辛子を8つ並べてありますが、一つだけある「みどり」の鮮やかな光沢がとても印象的なのです。
ものがものだけに「美味しそう」という感想は聞かれることがないでしょうが、実にフレッシュな張りがあります。
届けられた色校正では、残念ながら、そんな光沢や匂う弾力のようなものがうまく再現されていず、全体にやや赤味が強く出ていました。わたくしは大事なところなので、即刻そのあたりを指摘して、微調整をお願いする連絡を致しました。
昔は色校正というと、きちんとした専用機械を使い、プレートから焼いて実際に印刷して出しました。でも最近ではコピー機のような出力機を使って校正を出すのが主流のようです。この出力時に微妙な色合いがデータと違って出ることもあるので、今回の色校正の赤味の強さは実際の印刷時には問題にならないのかもしれませんが、あくまで原画にそって忠実に再現して貰うように頼みました。印刷所の皆様、すみません。でも、きっと見事に対応してくれることでしょう。

では、ここではわたくしが原画をスキャンしたものをアップしておきます。
こんな感じですよ。

c0216213_23222649.jpg

[PR]

by t-ooyama | 2014-11-27 23:28 | Comments(0)

やはらに黙を

車の六か月点検があるので時間に追われ、大急ぎで家をでる。出掛けに郵便箱を覗くと本が一冊届いている。それをつかんで飛び出す。
点検はデイラーで1時間ほどを要する。サービスのコーヒーを頂きながら待つ。ちょうど届いたばかりの本を持ってきたので開いてみる。1時間を待つのには程よい。

沢口芙美さんの『サガルマータ』に次ぐ第七歌集『やはらに黙(もだ)を』であった。2007年から11年までの作品が収められている。

  ユラッときて後は覚えのなき大揺れその時ビルの地下室にゐた
  目の前の蝋燭の箱つぎつぎに売れてライターをわれは得しのみ

という、大震災の折の歌で終わっている。
歌集は、著者の60代後半に当たり、「こころの重い歌ばかりと思い、何故そんな感情が湧いたのか今ではそのきっかけがよくわからない歌もあります。ただ、一日一日を刻むように生きてきたのだ、と思うことにしています」とあとがきに記している。
やはり年頃から周辺の死を歌うことも多い。
  
  勢ひて死まで行きしよ棺のなかまだ若さある顔をかなしむ(青井史)
  孤独死と伝ふる追悼記事をよむ岩瀬安弘よき歌詠みけり(岩瀬安弘)
  霊柩車出でたるのちを気の抜けて仰ぎゐつ寺の観音像を(森岡貞香)

歌集の随所にこうした追悼歌や、生き死にのことを考える作品が目につく。スペイン・エボラ・サンフランシスコ教会に於ける連作は、特に印象的だ。

  アーチ形に髑髏をつらね柱とす「あなた方を待つ」と入口に記し
  全身の骨を壁に吊るさるるは悪事をつひに悔いざりし男
  魂の抜けたる骨は物体か  連なる髑髏を見上げて黙す

単に「悪事を」悔いない、とあるが、人間における正義とか悪事とかっていったい「何」かっていう問いは当然あるのだろう。一体の骨を壁に塗り込められた事実は、おどろおどろだ。

結局沢口さんというと、つぎのような歌が必ず? 出てくるので、その流れで紹介する。

  ゆくゆかぬ墓参決めかね見てゐたり翳るもみぢのひとところの朱(岸上大作没後50年)
  ふる雨の雪の形となれるもの軒に触れるか触れぬ間に消ゆ

1時間という余裕を与えられて一冊の歌集をゆったりと読ませて頂いた。
実力者の歌集だから、ずいぶんいろいろなことを考えさせられた。インパクトのあった歌を少し上げる

 筵旗とは何かと若き女問ふかの闘争より経つ半世紀 
  煮ても焼いても旨しと言へり道の駅に売る細身なる高原大根
  正面より差しくる朝日を胸に受けおのづから湧くけふの活力
  斎藤茂吉便器昭和十五年と自記せるバケツ意外に小さし
  冬空のあまりに蒼く地上ゆく一存在は吸はるるごとし

真剣に命を賭して闘った若き日の思い出。
筵旗。もうそんなものは日常に存在しない。生きながらえて老いていくのみである。
わたくしもまた、自分にとっての筵旗をぼんやりと考えていた。
沢口さん、どうも有り難うございます。勉強になりました。
                              (本阿弥書店刊  本体2700円)
  
  
[PR]

by t-ooyama | 2014-11-25 12:24 | Comments(0)

土屋文明歌碑

埼玉県都幾川村大附のみかんの実りを見に行った。
こころよい小春日和の陽を受けながらみかんの黄色い輝きが綺麗だった。
甘そうなところを少し土産に買ってみる。

山を下りながら、そうだ慈光寺へ行ってみようと思い立った。
県道へ下る途中を左折して細い山道を少し走ると、慈光寺への登り口がある西平へ向かう道に出る。連休なのに車は結構すいている。川沿いの県道を登っていくと西平。
交差点信号を右折して山道を鋭く登っていく。
ものすごく美しい紅葉を見せる楓の大木がみごとに輝いているのを束の間見下ろす。いいなあって思う。

慈光寺へ向かう途中に土屋文明の眠っている墓地がある。
久しぶりに寄ってご挨拶申し上げようって思い、車を止める。
少しは墓地の墓石も増えて賑やかになっているのかと思っていたが、実際はほとんど変化のないちょっとさびしくまばらに立つ墓石が見える。
ああ、ここだここだ。文明先生のお墓とは思えないほどの小さな普通の墓碑がわたくしを迎えてくれた。
手を合わせて頭を下げる。
実はわたくしも人並みに病気をしましてね。危なかったんですが、運よく助かりました、なんてお話しする。
自然の湧水を引いたと思われる水場があったので、桶などもお借りして、お墓を洗わせていただいた。
墓には24回忌、34回忌の折の卒塔婆が並んで立てられてあった。
 「孤峰寂明信士」
がその戒名のようであった。
墓の周囲には、引き抜かれた鶏頭の花が土のついた根を乾かしながら幾つか横たわっていた。
まだ綺麗な花をつけている状態なのに、抜かなくてもよいのにねって、思った。管理する人にはそれなりの都合があるのだろう。仕方ない。
ふと見ると、墓石の周りには、その小さな子供たちのような鶏頭がすでに小さな花を掲げながら、数本立っている。引き継がれる生命の強烈さを思った。

何気なく墓石から目をそらし、右手を眺めると、歌碑のようなものが見えた。
呼び寄せられるように近づくと、それは文明先生の歌碑であった。
以前来た折には、これは無かった。
控えめな大きさなので、その墓石から離れていることもあるが、うっかりすると見落とす歌碑であった。
群馬県の土屋文明記念文学館前に建っている歌碑の、

  青き上に榛名をとはのまぼろしに出でて帰らぬ我のみにあらじ

の歌を思い出す、よく雰囲気の似た歌碑となっていた。でも、この慈光寺の歌碑のほうが手作り感のある庶民的な印象である。歌は、

  亡き後を言ふにあらねど比企の郡槻の丘には待つ者が有る

とあり、歌碑には平成21年建立とあった。

平成2年12月8日、心不全においてお亡くなりになった100歳の文明先生。
  「槻の丘には待つ者が有る」
とは、先にお亡くなりになった長男夏実さん、夫人テル子さんのお二人であろう。
慈光寺の墓地には、いま三人のお名前が並び刻まれている。
わたくしは、再び頭を深く垂れてから、おいとました。

歌碑の写真を撮ろうと携帯を出したが、カメラのアプリがバッテリー不足で起動しなかった。
ここにアップできないのが残念だが、歌碑の歌を必死に記憶して山を下った。
[PR]

by t-ooyama | 2014-11-23 21:52 | Comments(0)

健康診断

年に一回は受けねばならない健康診断を昨日済ませた。結果は三週間後だそうで、楽しみである。
目標を持って日々取り組んでいるので、必ず数値に反映するはずだ。
できたら目論見通りに改善したら良いなと思っている。

課題は血糖値のマイナス化。(前回までやや高め)
総コレステロール値のマイナス化。(前回まで、上限ぎりぎりのところ)
中性脂肪値の改善。(これは驚くほど上がったり下がったりで、前回上がっていて驚いた)
体重はほぼ68キロ前後をキープしているが、できたらあと2キロくらい落したい。(これは結構難しい)

前夜10時以後何も食さず、所定の病院へ行き午前9時半すぎより採血が始まる。次いで採尿。胸部レントゲン。心電図。眼底検査。内科。とまわり、終了。
今年はバリウムを飲んでの胃の撮影はスルーした。
手術後の経過観察で、時々CTスキャンで上半身を観ているのから、肺の方はチェックされている。胃の方は去年したので、今年はスルーで、来年受けようと思っている。バリウムを飲むのはかなりきつい。
採血もたびたび受けるので、推移を比べながら自己管理している。

今回は意識的に食事の面で効果の出そうな取り組みをしたので、きっと効果があると信じている。
自分で決めたものを自分で用意して食べているので、結果はすべて自己責任だ。
何でも受け入れよう。
五十代では、

     何でも食つてやるぞとまむかへばぐらぐら騒ぐわが胃袋も

ということもあった。やっぱり、ちからみなぎる若さがあったな〜
[PR]

by t-ooyama | 2014-11-20 23:45 | Comments(0)

誤植のお詫び

いま、冬雷HPにアップされている12月号の中に誤植があるという連絡を頂きました。
本誌23頁十二月集立谷正男氏作品2首目、

  福島びと秋には悲しみが彼岸に入りて稲穂熟れゆく

の作品は、二句目が字足らずになっておりますが、正しくは、

  福島びと秋には秋の悲しみが彼岸に入りて稲穂熟れゆく

で、「秋の」が抜けました。また、6首目、

  九月尽白きむく毛の咲き残り金木犀の香り流るる

に於ける二句目の「むく毛」は「むくげ」の変換ミスで、

  九月尽白きむくげの咲き残り金木犀の香り流るる 

となります(或は、漢字で「木槿・槿」かもしれません→現在確認中)。

いずれにしましても、校正時に気が付かなかったことで責任者として作者に深くお詫びします。
印刷はすでに済んで居りデータの作り直しはできませんので、ここに訂正し、改めて一月号誌上にて訂正を出させて頂きます(その時に「むくげ」の正確な表記を確認します)。
立谷氏の一連で二つの誤植が発生しました事は、まことに大エラーで、以後同じ事のおきないように注意します。失礼致しました。
以上、取りいそぎ、お詫びまで。
[PR]

by t-ooyama | 2014-11-19 16:12 | Comments(0)

重ね球

久しぶりにゴルフの練習をした。
歓迎してくれたのか、珍しい曲芸をボールが見せてくれた。
重なってボールが出てきた。

c0216213_12351174.jpg


こういう体験をできるのも順調に体調が推移している証。
慎重に、そしてアクティブに、いろいろ挑みたい。
即詠です。

  
  どうしてもゆがんでしまふスイングに弾くボールもくねくねと飛ぶ
  ボールとは正直なものわがつくるスイングの通り跳ね曲り飛ぶ
  年のせゐでも病気のせゐでもなく歪むスイングと思ふ鏡に見れば
  頑固にて少しく歪む性分がこのスイングに赤裸裸となる

[PR]

by t-ooyama | 2014-11-16 12:41 | Comments(0)

桜井武人さん2

一度に全部アップ出来ないきまりなので、二回目とする。
作品には共通するものがある気がするのだが。創刊号の画は写実的であり、抽象的な構図もあり、柔軟な細微な描画もあり、自画像めいた重たいものもある。
手塚正夫が解説を入れなきゃならんな、と感じたモダンアートそのものもある。そして未掲載(新年号予定)の一枚は実写真タッチの裸体のようだ。いろいろな面を出しながら、それぞれ存在感を発揮するところは流石である。
c0216213_20582684.jpg

c0216213_210699.jpg
c0216213_20584431.jpg

[PR]

by t-ooyama | 2014-11-09 21:00 | Comments(0)

冬雷の表紙画(桜井武人さん)

冬雷の表紙画について創刊よりたどっているが、今回9回目を書くに至り一つの事実に遭遇した。表紙画については誌上に特に紹介などの記載がなかったのに、昭和41年後期になって初めて紹介文に接した。創刊当初爆発的に指導されていたお一人の手塚正夫氏の紹介で画は頂いていたようであったが、その手塚氏がさすがに画についての解説が必要になるような「画」が提供されたのであった。
作者は桜井武人氏。
実は「桜井武夫」の名に於いて、すでに幾つかの作品が使用されていた。時には「桜蔵人」なる名も瞬間的に見えて、どうも匿名なのか? と思わせるものがあったのだが、手塚氏の紹介によって事実が表れて来た。「桜井武人」ということなら、今の検索エンジンから簡単に幾つもの情報がヒットする。その一つがこれ。

http://gakucyokai.driven.jp/

桜井武人氏はモダンアート協会の実力者で、その作品は横浜美術館や小諸高原美術館などでも観られるようである。若き日の桜井武人氏が、生まれたばかりの短歌雑誌「冬雷」の表紙画を飾って、共に成長を遂げて来たという事になる。
「桜井武夫」は意図的に変えた名前で誤植とは思えない。たぶん同一作者と思われる。
ここに、今まで誌上でたどって来た作品をあらためてご紹介する。
実は今後掲載予定の作品も一つある。

並べてみると、やはり本格的な専門的な作品である事が解る。
冬雷は素晴しい芸術家の画を頂いていた、ことが誇らしい。
創刊号を飾った画は、何となく諏訪湖じゃないかと思ってそのように書いたが、桜井氏のご出身等を考えると、当たったようで嬉しい。
では、どうぞ。
c0216213_1015194.jpg
c0216213_9592963.jpg
c0216213_958062.jpg

[PR]

by t-ooyama | 2014-11-09 10:07 | Comments(0)

『朝狩』の一首

『土地よ痛みを負え』は岡井隆氏の第二歌集。
『眼底紀行』は第四課集である。
この時期にもう一つの大事な歌集を手に入れている。第三歌集の『朝狩』だ。
岡井氏はいつも柔和な笑みをたたえていて、笑顔が驚くほど人なつこく素敵だった。ある時、書棚からこの歌集を発見して直に購入した。岡井氏は歌集を手に取られ、深緑の箱から取り出した同じく深緑の紙貼りのハードカバーを撫でながら、「ほら、ここが自慢なんだよ」って題名「朝狩」の部分を示した。今なら珍しくない型押しだが、色を入れない四角のベタ押しの中に「朝狩」の二字が浮き出しているアイデアであった。背文字は金の箔押しである。

見開きは、お好きな色なのかオレンジで、本文1頁目に署名を入れるスペースか「白」が用意されている装幀だ。四六判160頁だて。自序があって、卷末に本文各章の自註を配する斬新な仕組みだ。

この時も気さくに一首書いて下さった。

  楽興の刻は来にけり
  犇きて花にしせまる
  硬葉たのしく

の歌。
これは岡井氏の歌の一つの個性をよく表す男歌、セックスアピールの濃い作品に感じた。

因みに書棚には処女歌集の『斉唱』も見えた。
「これですか。どうぞご覧ください」と仰るので開くと。
本文すべて白の「束見本」であった。
もう、ご自身もお持ちでない絶版だと話された。

ちょうどよい機会だから、この情報もアップしてしまいたい。
考えてみると、あの時期がわたくしにとって最も青春を感じた時かもしれない。
冬雷という(比喩は悪いが)井の中から外に跳び出して、そのきらびやかさに圧倒され、反動からある意味、自分を見失いかけた。
以後すこしの間、短歌を如何に作るかで呻吟した。

わたくしが短歌の師とおよびすることが出来るのは、そして大きな影響とご恩を頂いたのは、
木島茂夫。
岡井隆。
このお二方だけである。
岡井隆氏は今なお現役で歌壇を牽引する大作家である。
ますますのご活躍を、祈らずにはいられない。


c0216213_11404548.jpg

c0216213_11372583.jpg

[PR]

by t-ooyama | 2014-11-05 11:41 | Comments(0)