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新表紙画

もう新年号なので、本文より早めに新表紙画を印刷所へ入れた。
画は作者のお話のあったように以下の作品からイメージされた。

  冬空にあらはに立てる浅間嶺のいただき近く肉色なせり        木島茂夫

『死と足る』の中の一首という。
結句の「肉色」が捕らえ所である。
亡き師は、どんな色を見たのだろう。
山は一般的に女性の象徴でもある。北杜夫の『白きたおやかな嶺』はまさに女性のイメージだ。
肉色は生々しい。肌色とは全然違う。
そんな浅間山に、嶋田画伯は挑戦した。
重々しい質感のある出来映えだ。
印刷所へ送るにあたり、再び見たが、強烈な絵の具の匂いが立ち上った。
ここにちょっと紹介しておこう。

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話は変わるが、
いま、高田さんからの連絡メールで、川又さんが再び入院されたという。
同じ状態による再発である。
今度はいよいよ本気に、新しい生活環境への転身を考えねばならないことになる。
勇気と希望を持って決断して欲しい。
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by t-ooyama | 2015-11-24 21:20 | Comments(0)

風邪かな

気合いを入れて選歌に入った。
でもどうしても集中力が無い。このところ何か躰が重い。
四ヶ月前に突然の目眩におそわれて、動けなくなった。這って携帯電話の置いてある机まで行こうとしたが、目が回って気持が悪く止めた。しばらく寝ていたら、快復した。
目眩というのは気味が悪い。
以後気をつけている。
血圧が低めの定着なので、影響があるかなと思ったが、ドクターは関係ないと言った。
となると、睡眠不足としか思えない。
なにしろ自慢ではないが、熟睡する事がめったにない。
3時間で目が覚めてしまう。
病気をしてからそういうサイクルになってしまった。

選歌は体調の良い時でないと駄目である。
躰が火照って来たので、体温を測ってみた。
37,5度。微妙な熱ありだ。
風邪かも知れない。

今日は寝ようと思う。
葛根湯をお湯で呑んで、一眠り。
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by t-ooyama | 2015-11-18 07:57 | Comments(0)

新年の足音

雑誌の上では、もう新年の足音が聞こえて来る。どんどん近づいて来る。
ご高齢で作品が来なくなった方も残念ながらあるのだが、逆に冬雷に新しく歌を出したいという方も少なからずで、励まされる。
いろいろな形でのご入会があるのは、木島先生の時代からあったので、わたくしは冬雷を選んで、作品を出したいという方は大歓迎である。所詮小さな短歌会なので、お一人お一人のお声に耳を傾け、対応したい。

再入会の方もあった。
こちらも歓迎である。目立った所では、この大会で『冬雷の113人』での優秀作品を表彰させて頂いたが、その一つの互選賞を受賞した江波戸さんも再入会組である。十代で短歌をかじり、その後遠ざかったが、
子育て等が済むと、ふと短歌の事を思い出すのだろう。そういう方は凄く上達が早い。江波戸さんを見れば解るだろう。
今回再入会の方は、厳しい環境の中で頑張って来られたようである。
地域の短歌講座を勧められ、初めて出てみたら、講師から渡されたプリントに、昔交流があった人の作品が出ていた。それで冬雷の事が身近になった、という。
プリントに載っていたのは小林さんの作品らしい。小林さんの力も再入会に手を貸した、と思う。
芳枝さん有り難う。

それから黒田さんの再投稿も驚いた一つだ。
本人の言葉では、もう五年ほど休んでいた、らしい。冬雷の厳しい環境での再出発体制に、応援の手を差し伸べてくれたのかも知れない。
嬉しいことが多くて、赤羽さんじゃないが、旨酒、でも呑みたい気分だ。

新年号の作品が、あしたはどっと届くに違いない。
ひと月前の歳末気分が、編集室にはやってきた。
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by t-ooyama | 2015-11-14 22:19 | Comments(0)

白き兎

昨日の例会で配られた「斎藤茂吉記念館」特別展の案内には驚いた。
知っていれば寄っていたのに、今回の上山行きでは行かなかった。「茂吉の逸品を中心として」の資料展のようである。きっと良いものがあった事だろう。
上山と言えば、次の歌を思い出す。

上ノ山の町朝くれば銃に打たれし白き兎はつるされてあり
上ノ山の町に賣りゐる山鳥もわが見るゆゑに寂しからむか


歌集『白桃』に掲載された歌だと思うが、背景に茂吉の傷心の日々があったというのはよく語られている事である。何とも言えない悲嘆の響きを伴っている。
銃で打たれて売られているのだろう山鳥に、わが見るゆゑに寂し、というのは内面の投影である。
当時の上山では、こうした獲物が至る所に売っていたようである。
白き兎の歌は、上の句のややとつとつとした説明調が下の句の単純明快な写実を引き立てている。
わたしが今いろいろ研究している過去回想の助動詞「し」の遣い方の問題等、割り込める余地がないほどの緊張感である。太田行蔵『四斗樽』でも「声調上真にやむをえぬ場合」はの慣用「し」を認めているが、この場合は他に置き換えられない「し」であろう。昔師匠の木島茂夫が「詠嘆の籠った」場合の「し」の話をしてくれた事があったが、これなど「詠嘆の『し』」と言えよう。

わたしの行ったときの上山は、もうこういう場面等想像出来ないほどの市街地であった。
上山は、これから厳しい冬期を迎えようとしている。
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by t-ooyama | 2015-11-09 12:25 | Comments(0)

山形

山形から戻りました。
十二月号の初校戻りがありましたので、そちらを優先して訂正し、再校を出しました。
今月は本文68頁だてです。
本当は72頁にしたかったのですが、約2頁分増やさねばならぬ状況なので、いまエネルギー不足だから、逆に2頁分減らしての68頁です。自分の「土屋文明の歌」分を削除したので、皆様には影響ありません。

山形では、木島先生のお眠りになっているというお墓にご挨拶申し上げました。
十六年の経過を簡単にお話しし、今年の生誕百年記念号や、合同歌集のご報告も致しました。
新事務局の小林芳枝さんから「元気で居ます」と伝えてくれと言われていたので、お伝えしました。
お寺はいま紅葉の真っ盛りで、見事な紅と黄です。大きな公孫樹の樹があってびっしりの銀杏でした。

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以後天童市へまわり、あの「山寺」を詣でました。
長い長い石段をのぼって奥の院まで行きました。以前関口正道さんが「冬雷」用に撮った写真と同じ光景の場所があって、ああここから撮影したんだなあと、思いました。いずれ氏のブログでの解説が載るでしょうから、その時はぜひ御覧下さい。
そのあと上山へまわり一泊。
突然の思いつきでの一泊で、宿も予約なしの飛び込みです。
上山温泉は三十年ほど前に泊ったことがあり、懐かしい所でした。今回は「鶴脛(つるはぎ)の湯」という足湯の直ぐ側の「ふぢ金」という旅館です。
何か寅さんの映画に出てくるような昭和の風情一杯の旅館でした。
昭和18年生れの奥さんと、後期高齢者になったばかりというご主人のお二人で経営しています。
本当のリピーターの方か、通りがかりにお風呂だけに入りたいという方などが主に利用するようで、宿泊者は他に居ませんでした。
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温泉掛け流し64度の湯で、とうとうと湯舟から溢れ出ています。
熱くて入れないので水道の水を入れてぬるめねばなりません。わたしが入ったのは結構大きな浴槽なので幾ら水を入れても適温になりません。足を入れて一分も我慢出来ない凄さです。
わたしは水道水でぬるめた湯を、桶でざぶざぶと体に掛けて、なにしろ豊富な湯量なので誰にも咎められませんから、頭から掛けたり腰に掛けたりして、それだけでも体がぱかぽかです。
滅多に体験出来ない64度の湯を堪能しました。

何しろ古い旅館で、浴室の床板等もいたんでいて、歩くとぽこぽこする箇所があります。
お風呂が自慢の旅館です。わたしの使った大浴場の他に小さめの浴室もあります。こちらも同様に64度なのですが、こちらのサイズだと水でぬるめるのも簡単なので、朝はこちらに入ろうと思いました。

お話を聞いてみると、驚く事に「学童疎開」を受け入れた宿だそうです。
ざっと築80年というところですかね。わたしの泊った室は増築した部分の二階ですが、浴室のある下の建物は確かに古そうです。学童疎開でこの旅館にお世話になった子供たちも、今は80歳前後になっていることでしょう。
江東区立亀戸第一小学校だそうです。
亀戸は、冬雷広報の桜井さんの住まわれていた所ですね。
この学校なら、桜井さんもご存知かもしれませんね。

いや、貴重な体験をしました。


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by t-ooyama | 2015-11-06 23:42 | Comments(0)