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今後は良い印刷所の確保が課題か

先日「現代○○社」のD社長からお電話があった。
何事かと思ったが、どうやら冬雷の印刷製本所がローヤル企画さんだというのを知ってのことらしい。
貴誌には編集企画が際立つものがある、どういう背景があるのか? どんなメンバーでおやりか?
ローヤルさんとはどういう関係なのかというようなことを聴かれる。

現役時代にちょっと取引があったので、それをツテに私用アイテムの冬雷の仕事をお願いしたと答える。
月刊紙「冬雷」プリプレス作業内製化をした直後は、そのデータに一抹の不安があって、仮に思惑通りにいかないことも想定し、そんな場合は別の意味でのアナログ印刷化も視野に入れて、そんな希望の融通のききそうな小さな町の工場「S企画」さんを印刷所に選んだ。
それから二年間「S企画」さんにお願いしてきたが、刷り濃度のムラや製本時の面ズレなどがしばしば発生し、小さなトラブルが続出したので、申し訳なかったのだが、印刷所の変更に踏み切った。
印刷形式にはいろいろあって、冬雷ですすめるCTP刷版運用(パソコンから直接に指示をして印刷用のプレートを焼き出す仕組み)にしても、S企画さんの所では本格的なものでない「紙刷版」なので、解像度も低く粗目の刷りしか望めない。これは写真などになると顕著に見苦しくなる、という傾向がある。
また製本方式も1頁単位に断裁して纏める「ペラ丁合」というもので、印刷面が微妙にずれて、見開き頁などの時に「誌面の段違い」ということもおきる。きちんと整理して断裁セットしないと1頁単位での乱丁や落丁や天地逆などもおき得るのである。
この二年間に幾度かこうしたトラブルに遭遇し、決断した。
この間に、試行錯誤を継続しつつ、内製化のプリプレスデータを本格的なものに発展させた。
ほぼ大手出版物のそれと同レベルのデータ化をしている自信もついて、本格的な出版印刷・製本設備整備のローヤル企画さんに話を持って行ったのであった。

現在は本格的なCTP刷版運用による印刷と、本格的な網代綴じによる「折本」と「丁合」を経た製本作業になり、本格的な上質の雑誌が出来ている。自慢の美しい冬雷である。
冬雷短歌会文庫にしても、01〜03までは「S企画」、以後はローヤル企画さん担当である。比較すると「違い」歴然とある。現在、文庫シリーズに参加される方は、そういう意味でもラッキーだろうって思っている。ローヤルさんは文庫制作についても確固たる技術を備えている。冬雷の別冊付録文庫が、歌壇で評判の美しい「本」である所以である。

まあ、こんな詳しくは述べなかったが、D社長には、しっかりしたローヤル企画さんの仕事に満足していると申し上げた。D社長は「じゃ印刷関係であって編集関係じゃなかったんですか」と仰有る。「そうです、出版印刷業界です」と答える。
実はD社長ご自身が印刷業界出の方であって、ローヤル企画さんとは古いお付合い、「Mさんともよく会って話をする」という関係であった。
「わたくしはローヤルさんのM社長にご挨拶したことはありませんので営業の方を通じて」ですと答える。

やはり世の中は狭いものである。どこで繋がってしまうか、驚くばかりだ。
こんな簡単な遣り取りだけだったが、何かD社長に親しみをつのらせた。
同じ出版印刷業界に関わったお一人、というだけで……

でも、このごろよく考えるが、印刷業界は厳しい状況になっている。
町の小さな工場などは、申し訳ないけれども、見通しは明るくない。
どんどん廃業ってことも続きそうだ。
そうなると、短歌雑誌などの極小ロットで、商売になり難いものは、だれも印刷してくれなくなるんじゃないかって危惧される。印刷はともかくとして、実は製本工程がやっかいなのだ。印刷は出来ても自前の製本設備が無ければ刷本の転送が行われる。手間も金も掛かる。その製本業界にしても、どこまで生き延びられるかが問われている。ローヤルさんにはそういう問題が無い。
というような意味も含めて、今後はどうやって印刷所を確保するかが問題になるってくるだろう。

そんな時代へ向かってイメージされるのは、デジタル印刷機のインラインに組み込ませた印刷+折+製本の一括作業システムへ委ねることであろう。
いま、大手出版社でも急速に技術改革が進められ、数百部程度の極小ロット重版をどんどん掛けて制作しているようだ。こういうシステムに助けてもらい、極小部数短歌雑誌を制作するしかなくなるだろう。

が、そういう方法へ舵を取るにも、印刷用にプリプレスデータの完全制作の技術は確保していなければ簡単じゃないことになる。
冬雷の未来は、明るいか? 暗いか?
はっきり言って、よくわからない。
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by t-ooyama | 2016-07-25 13:41 | Comments(0)

本日発送

お早うございます。
今朝は真夏日の予報なので、洗濯してたくさん干しました。
いま八月号が納品されました。
これから発送です。
午後一時半頃には終る予定です。
クロネコさんが何時とりにきてくれるかですが、
四時前には大丈夫でしょう。

いま梱包を解いている所です。
はんぶんほど残した所で撮影。
まあ、毎月の繰返しですがね、嬉しくもあり緊張の時間です。
毎月の印刷でお世話になるローヤル企画さんに感謝です。

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いま、午後五時です。
みなさんを近くの駅迄お送りして戻りました。
八月号が皆さまのお手元に届く迄には2日3日ですね。
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by t-ooyama | 2016-07-24 09:11 | Comments(0)

モンキートレインにに乗って 72    の祝賀会

昨夜は昭和十九年生まれの会の五冊目のアンソロジー『モンキートレインに乗って72』の出版記念会だった。お誘いを頂き、ひさしぶぶりに歌壇の集会に参加した。
会場のお茶の水は大昔に務めていた会社のあった場所だし、そこはすぐ近くだった。まあ、面影は皆無だけれど。
  
催涙ガスの淀む広場をよぎりきて涙はいづる恥づかしきまで

と歌った場所も通って行った。

あらあらしく敷石をひきはがしゆく警官等見ゆ暴徒のごとく

とかつて歌った、その歩道の上を通って会場へ向かう。

会場受付前の長椅子に大島史洋氏が掛けて書類を読んでおられた。先ずご挨拶。
受付では鶴岡美代子さんがわたしくしに気付いてくださったので、その前に行ってご挨拶。
ながらみの及川社長の大柄な背中が見えたので、近づいてご挨拶。
がっちり大きく貫禄を増した林田恒浩氏と握手してご挨拶。
小木宏氏が微笑みながら近づいて下さりご挨拶。
小林さんが「うちの編集長です」って、いろいろな方を紹介して下さりご挨拶。
ながらみの為水憲司氏とご挨拶。冬雷の太田行蔵さんの頁は面白く読みましたと言われる。
本当ですか。有難うございます。

「国民文学」発行人の横山岩男氏のお元気なお姿が素晴しい。その発声で乾杯となる。のちは食事しながらの歓談と皆さんの祝辞の時間。
アルコールを頂きながら、御供平佶氏とご挨拶。氏は「国民文学」の編集者なので、その苦労話など参考になることをたくさん聞く。校正担当が十余名には驚く。流石に大結社だ。

依田仁美氏がわざわざ赤ワインをふたつ手にしてあらわれ、それを頂いて話をすこし。
話し上手で飲み上手の依田氏とは池袋で二三度ご一緒した。
丹波真人氏とご挨拶。内野信子さんとご挨拶。この方は大昔に毛呂山支部での歌会にゲストできて下さったのを思い出す。確かあの頃は「個性」に所属していらした。
竹内由枝さんもいらした。埼玉県歌人会でご一緒した平岡三和子さんもお変わりなさそうだった。このお二方とは嶋田正之画伯のことが話題になる。竹内さんは「りとむ」を通してだが、平岡さんは違うことでの交遊流ありとのこと。驚いた。
森水晶さんと石川幸雄氏が名刺をくださる。有難うございます。
グラスを手に中村節子さんがにこやかにあらわれる。変らぬ品格だ。パワーあふれる三原由起子さんは変らず明るい。華のある方だ。この方を見て居るといつも芳賀久子を思い出してしまう。

会場はいよいよ盛り上がり、『モンキートレインに乗って72』の参加者全員の紹介があり、代表して及川社長が挨拶される。下はその写真。ピンボケなのは肖像権などの問題を考えたからじゃなくて、わたくしの手が酔っぱらって定らなかったからのようだ。
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最後は大島氏の言葉で閉められる。
氏は、ひさびさに出てきたわたくしを、大いに気遣ってか、東小金井の岡井隆邸ではじめて会ったときのエピソードやら、わたくしが当時編集発行していた歌壇若手の超流派勉強誌「日本青年」のことなども話される。これには恐縮であった。
大昔からいろいろなことに取組んできたが、あれも一つの思い出。その後も当時珍しかった個人誌の活動も始めた。それが「短歌工房通信」である。「工房に光芒を」がキャッチフレーズだった。この個人誌は結構話題になり、それを読んで下さって以来交流しているお一人が塚本諄氏である。短歌に「工房」は変かなと当時は思ったのだが、どういうわけか、現在は「短歌工房」を名乗る歌人も複数いらっしゃる。
大島さん、僕の為にそんな昔のことを話して下さって感謝します。
あのころ、わたくしは岡井氏から添削指導も受けた。
今迄、わたくしが添削指導を受けたのは木島茂夫、岡井隆の二人だけである。

「短歌研究」の堀山編集長とご挨拶。
お隣の席にいらして静かに微笑む鶴見輝子さんと連れ立って帰途につく。鶴見さんは「新アララギ」発行人の雁部貞夫氏夫人であった。折々こういう場にお顔をみせる背景には、多忙の夫を助けたいというお気持がしっとり感じられた。
「橘美千代さんって、何か持ってますね」などと話しつつ駅へ歩いた。
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by t-ooyama | 2016-07-23 16:22 | Comments(0)

例会でした。そして…

今日は月例会でした。
強烈な暑さの中で、参加者も少なめですが、その分時間をかけました。
みなさま、お疲れさまでした。
参議院選挙の日でもありました。
結果は「うーん」と唸るものです。
これで決定です。
憲法を変える、という話も進みそうですね。
はっきり、それを争点に上げて、野党が負けたのだから議会的には仕方ないですね。

発行所の務めは広範です。
頂いた多結社誌を読んで、適切に交流してゆくこと。
これは、冬雷からも会員の歌集などが上梓され、外部にも寄贈されている訳で、その批評や紹介が載っていることもあり、誌面を見逃さずに見ておく必要があります。見逃さず御礼を出すのも発行者の仕事です。
昨日も一通投函致しました。

それから、歌集などもたびたび寄贈を受けます。
手の放せない通常業務に追われながら、次第に積み上げられるそうした寄贈書を横目に、胃の痛むような時間を過ごします。溜まりすぎると礼状を書くのもホネだからです。
こちらもお互い様ですから、可能な限り細部まで行き届かせたいと思います。

8月号の校正日までに二日空きが出来、選歌をせねばならぬ歌稿もまだぼつぼつなので、思い切って寄贈歌集の礼状書きに取組みました。
必死に読んで、つぎつぎに御礼の文をパソコンで打ってゆきます。わたくしは、性分から必ず作品を複数選出して、それに代表させた感想を述べます。こういうものの方が、貰った方も喜ばれるだとうと思うからです。的確な作品を選んで、その方の作品の特徴をズバッと言い当てる。そんなものを求めますが、結構難しい作業です。
一冊読んで、書き上げると、即プリント出しです。そして次に掛かる。という繰返しで、一日がかりで十二冊を読みました。深更に及び、頭はぼーっと火照り、腰はかったるい。脳は興奮してなかなか睡眠にも落ちません。
翌日は、出しておいたプリントに自署して封筒に納めてゆく。宛名を書く。切手を貼る。
そして往復15分かかるポストまで歩いて投函します。
書き上げたときは、本当にほっとします。

この作業を、寄贈他誌までことごとくこなすのは、わたくしにはたぶん無理です。
他誌の場合は毎日のように新しい雑誌が届きます。
他の結社では、どのように対応しているのでしょうかね。

編集者の務めの方もスケジュール一杯です。
現在川又幸子さん遺歌集の本文初校が出た所です。大会の日までに作らねばならないので急いでいます。
9月号は『那珂川』の批評特集号です。
それともう一つ。古参の会員秋草喜久枝さんの追悼の記事も考えています。
未だ十代の頃ですが、わたくしどもが結成し活動していた若手の勉強会を堀切の秋草さん宅にて開いていました。大変お世話になりました。ご主人は相川澄利さんとおっしゃって、いつも哲学者のように考え込んでいる方でした。昨日のことのように思い出します。
秋草さん、本当にお世話になりました。
できるかぎりの追悼記事を作りますね。
頑張ります。
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by t-ooyama | 2016-07-10 21:47 | Comments(0)

『美しいもの捜し』出来

本日野村灑子さん第二歌集『美しいもの捜し』出来本が届きました。前歌集の雰囲気を更に進めたような上品な装幀で素晴しいです。
野村さんお目出度うございます。
短歌研究社刊の2500円となっています。
今頃、野村さんも手にされて、少し興奮されているかもしれません。
会員の皆様。
どうぞ励まして上げて下さい。

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上はその表紙と扉です。
ともに野村さんの美しいかな書です。
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by t-ooyama | 2016-07-07 17:52 | Comments(0)

納骨

今日は暑かった。熱中症危険度を示す色は真っ赤。命がけの外出という感じ。

新座市の蓮光寺に10時半に集合。
川又幸子さんの納骨が行われた。
駆け参じたのは冬雷関係者、施主の高田さんと、喪主の和田さんを加えて十数名。
導師の重々しい読経の中での、厳かな進行であった。
川又幸子さんの追悼号は、10月号を予定している。締め切り8月15日でお待ちする。
併せて『川又幸子歌集』を冬雷叢書として10月の大会までには制作する。
そんなご報告もさせて頂いた。
下は、蓮光寺と川又幸子さんのお骨を納めたお墓である。

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また、嶋田画伯から、来年の冬雷表紙画は、川又さんの「桜の歌」をテーマにするという発表もあった。
これは楽しみ。
皆様から、冬雷の今後へ向けての貴重なご意見も幾つか頂いた。
現状と照らし合わせつつ、弾力的に対応したい。今直ぐ可能な改革はそのように。もう少し様子を見てできることは、経過を観察する。
さしあたっての変更は「冬雷集欄」の作品配列であろう。川又さんに固定してきたトップ作品を、今後は固定せず、その月々のホットな作品を据えることで新鮮味を出したい。
場合によっては、「作品一欄」をトップに持ってくることも視野に入れたい。何かと刺激的なことがマンネリ打開には必須である。
会員の方の作歌意欲を刺戟するような試みはどんどん取り入れて行きたい。
ご協力をお願いしたい。
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by t-ooyama | 2016-07-03 23:09 | Comments(0)