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発送しました

今日一月号を発送しました。
クロネコさんも超多忙期で午後5時過ぎに取りに来てくれました。事務局が対応。一日前倒しで先月分の集金もしてもらいました。お疲れさま。
ここにも既にアップ済みの表紙絵ですが、あらためて本刷りの桜を見ると、また趣が違います。
やや全体がぼっとかすんで、深く沈み込む感じです。色合いがやや青みがかり、暖色系が抑えられ、クールな桜となっています。下です。

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新表紙絵は、嶋田画伯のご好意で事務局が自宅に飾るようになります。
原画を見たい方は白鳥の事務局のご自宅へどうぞお問い合わせを。
ちなみに本年の表紙絵は新発行所が頂いて飾ってあります。新発行所には他では『冬の雷霆』の表紙絵「寒の椿」の原画と、故加納久画伯作の「朱の諏訪湖」の原画もあります。
御覧になりたい方はどうぞ。

さて新年号ですが、新コラムの「身体感覚を歌う」が十回目。こちらも『怯むことなく』に勝るとも劣らない評判です。こちらは完全なる橘さんの歌論です。
十回目は、一年間の闘病生活から復活した小久保さんの作品を取り上げます。
あの一連には作者の良い面、優れた感性が十分に出ておりましたが、そこを確りと捉えて鋭い指摘、展開が見事なコラムです。使われた原写真はカラー物で、シャドウよりの暗めの微妙な階調があって、再現困難という判断でしたが、Photoshop加工で頑張って、どうにか判別出来るレベルになりました。
一点の光(陽か月か)をバックに細枝を広げる樹木の梢が写っています。この細枝の尖端がちょうど人の脳細胞の震えるような神経シナプスに見えるというところからの写真なのです。橘さんは、

脳が必死に損傷の修復を図り、樹状突起を伸ばしシナプスを形成しているのか。

と、コラムの中に写真採用の意図を記しています。
如何でしょうか。ここに大きくアップしてみます。

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これです。
橘さんから貰った原写真(下)と、わたくしが加工したモノクロ版(上)です。どこまで再現が迫れたでしょうか。

   カレル橋むかしむかしに渡りしを胸疼
      かせて又渡りゐる
      花の街十日ばかりのエトランゼ鐘を聴
      きつつゆつくり歩く      小久保美津子
 一年前、不慮の事故により脳に重い外傷を負い、久し振りに「冬雷」に復帰を遂げられた小久保さん。清々しい詩情が溢れる歌。と同時に何か深い感情のうねりのようなものを感じさせる。雑念から解き放たれ、ひたすら感性にのみ意識が集中するゆえか。
     手術後の坊主頭を撫で呉るる主治医と
     ナースと夫と孫と
     病葉の前頭葉と側頭葉わが身にありて
     一年あまり
 過酷な手術に耐えた小久保さん。労る人々の優しさに心うたれた。その後の一年余りをどれ程苦しみ努力されたのだろうか。


と、書かれています。脳細胞は極めて繊細です。あくまで慎重なリハビリが用意されています。
リハビリの辛い日々のなかで、順調に回復の色合いは見えるようです。
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by t-ooyama | 2016-12-24 21:44

本年最後の発送作業

ローヤル企画様より連絡が入り、明日の午前中に納品されるそうなので、
午後より、一月号の発送作業を致します。
このホームページ御覧の方はもうお読みなので、特別有難い情報でもないのでしょうが、殆どの会員の方は、ここを御覧になっていないと思いますので、雑誌の到着を首を長くしてお待ちです。急がねばなりません。

『怯むことなく』が好評なので嬉しいですが、あの本のフォントじゃ正直読み難い。
それもあって、電気書籍的にしてアップすれば、読者が拡大自由なので読み易くなると思いました。
冬雷ホームページに暫く載せておきます。
ひろく読んでもらいたいですね。
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by t-ooyama | 2016-12-23 12:00

『怯むことなく』の情報

先にお知らせした「短歌研究」1月号での『怯むことなく』の紹介があった。
本日拝見。
「かりん」の香取未放氏の好意溢れる紹介を以下に貼付けます。
どうぞ御覧下さい。
短歌は二首あげてありますが、主にコラムへ焦点が絞られています。

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by t-ooyama | 2016-12-21 23:46

校正終了

本日11時から午後4時半まで、四人で取組みまして校正を終えました。
初校了の後に割り付けミスが発見され、改めて割付けをやり直し、結果的に予定の本文80頁より4頁増の84頁に落ち着きました。今月は連載の「歌誌抜錨を読む」8回目が大きく頁増となり、また、新掲載の「受贈誌御礼(紹介)」も6頁弱となっているので、いわゆる読み物が豊富です。ご愛読下さい。
「受贈誌御礼」は広報の纏めたものです。冬雷からの出版物に対する歌壇各誌の暖かい反響を主に起稿しました。この号では冬雷短歌会文庫『那珂川』(大久保修司歌集)の反響です。
お馴染みの中村哲也さんの「抜錨を読む」は、疎開先の山形での若き日の木島茂夫作品を克明に読み辿ります。歌わずに居られなかった様々な情が、叩き付けるように歌われた歌集『みちのく 』の時代です。
楽しみにお待ち下さい。

明日は、わたくしのネグラでの下水管等の洗浄作業が入ります。
下の階から始めて、上へ上へと洗浄を進めてゆきます。わたくしのところは二階なので、比較的早めに終りますが、在宅立ち会いが求められております。
明日一日だけ「校正の最終チェック」の結果を待ちます。
明後日の日曜日には印刷へ廻す手配をします。
日曜日は豊洲での例会があります。
明日中にはデータをローヤル企画様へ送ります。
師も走り回る十二月です。多忙なスケジュールの中で、冬雷の印刷製本をしてもらわねばなりません。
出来るだけ早くデータを渡す必要があります。急いでおります。
師ならぬわたくしも、走り回ります。
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by t-ooyama | 2016-12-09 19:17

今日は

新年号は初校が出て、この金曜日に最後の校正をして印刷へ回ります。
その前に一仕事。
寄贈された雑誌を開いてチェック。今日は「秋楡」12月号の中に『怯むことなく』についての紹介がありました。「秋楡」は川又さんとも親交の浅からぬ三宅千代様の雑誌です。
高木啓子氏が担当し、3分の1頁を費やし、大滝さんの

  同じ痛み感じられぬが話せ、書け、体験者にしか語れぬことを(広島原爆)
  孫と娘の遣り取り聞きつつ何かしらうかうかしてはをれぬと思ふ


などの六首をあげながら、「著者は短歌歴七年でカナダ在住。(中略)その行動力は彼女を輝かせ、見識の深さは歌とコラムに存分に発揮されている。」「短歌をとり入れたコラムは興味深く秀逸な作品であることも付記したい」とあります。
と述べておられます。

今日はわたくしのところに寄贈を受けた歌集を七冊読んで御礼を書く。
中でも大島史洋氏の『斎藤茂吉の百首』(フランス堂刊)は必読の好著。大いに刺戟を受けました。下です。
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他では、萩原千也さんの手作り歌集第三弾『萩原千也歌集・三』はやはり素晴しいですね。造本は素人っぽいけれども(当然ですが)、本文内容は重厚。これほどの濃い内容の歌集なら、何故に歌壇の大手出版社は手がけようとしないのでしょうか。不思議です。資金を出して歌集を制作し、売れるか売れないかのギャンブルをするような出版社が歌壇には無くなったのかも知れませんね。わたくしの若い頃にはまだそういう気概のあった社があったものです。萩原さんの歌集なら、遣り方によれば赤字は出さずに作れる筈ですよね。

そんな中に宅急便が届く。ローヤル企画さんから新表紙画の初校プリントである。早速に開くと、今年もまた美しい再現力です。わたくしのスキャンより鮮やかなのは言うまでもないです。下です。
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これは即時OKを出しました。
プリントは嶋田画伯へ送る事にします。嶋田さん、有り難うございました。

ということで、今日はお終い。

うっすら寒い一日でした。
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by t-ooyama | 2016-12-07 16:18

「星雲」11月号、「柊」十二月号、「好日」十二月号に御礼

各誌の十二月号が連日届けられる。
まめに封を切って中身を簡単にチェックする。今日は「柊」と「好日」に冬雷関連の記事があった。

「柊」は別称「北陸アララギ」といい、代表人勝木四郎氏、編集人林勇二氏である。昔から冬雷との交流が濃かったところで、現在は友人の横山季由氏や小谷稔氏が選者を勤める。このお二方は毎月精力的な評論等も書かれていて、見逃せない内容の密な素晴しい雑誌である。
その十二月号の14ページの2分の1スペースを割いて、表罫囲みによる「寄贈歌集紹介」がある。
有難いことに、そこには、

桜井美保子歌集「駅」冬雷叢書第九十六篇

パソコンに向ひ言葉を搾り出すは運動してゐるやうな感覚
改札口よりどつと出で来る人の波おほよそ終る頃に横切る
古き葉の枯れて新芽の揃ひたるレモンバームに久々の雨
傘差して川のほとりを行く吾に此所にゐるよとウツボグサの花
ぐうちよきぱあ両足のゆび動かすを真似したくなるリハビリ見学
この街の人らに愛されてゐるのだろう桜に寄ればそんな気がする
                                         (いりの舎)


の作品六首が美しく掲載されていた。これは歌集の帯に抜粋された六首でもある。
これらの作品についても、歌集についても、特に何のコメントもないが、本文28ページの誌面の中でこの待遇は格別であり、コメントがないことが逆に、格別の親近感を持って迎えられているようで感謝しなければなるまい。「柊」編集部に厚く御礼申します。

「好日」42ページ「受贈歌集紹介」のなかに、『川又幸子歌集』を取り上げてもらった。

『川又幸子歌集』(冬雷)
相集ひ歌詠み合へる冬雷の友さきくあれ老いはことさら
赤子抱く若き女性は毛布の礼くり返し言ふ避難所に来て
失へる時に気付けど詮のなしかかる思ひの常日頃にて
                               (冬雷短歌会刊    非売品)


という有難い三首が選出されている。感謝します。

最後に「星雲」11月号にも御礼申さねばならない。
巻頭1ページに、主宰者林田恒浩氏が「百歳か九十五歳か」と題して川又さんの遺稿となった11首の作品について書かれている。

百歳か九十五歳か己が歳己れ自信のないまま答ふ

この作品と他一首をあげて、林田氏の川又幸子歌人像があたたかく語られていて、ほのぼのする文である。また、

正式遺言にてわが賜りし土屋文明の色紙はわれの一生のたから
寒暖の差のはげしさにこのあとの気候分らぬ錯覚にゐる
次々と重ね着をして雨の日曜日何するとなく過ぎてしまへり


の三首もあげて、

これらの歌を読みながら私の十代の終りの頃、はじめて会った木俣修が「人間の一生などあっと言う間だ。人間の価値はその棺を覆った時にはじめて決まる。仕事もさることながら浸食を忘れて勉強せよ」と熱っぽく語ってくれたのをふと思い出した。

とも書いておられる。こういう昔の記憶を呼び起こすのが『川又幸子歌集』でもあるのだ。林田氏のこの文章には、彼岸の川又さんもきっとお喜びだろう。こころより御礼申し上げる。

以上、三誌の情報を簡単に記しました。
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by t-ooyama | 2016-12-03 19:16

追伸

先ほど書いたものの追伸です。
これは今ポストから持って帰った郵便物の中にあった情報です。
はっきり申して感謝すべき(歌壇の具眼の士に)でありましょう。こういうことがあると、まだまだ歌壇もすてたもんじゃないと(僭越ながら)思います。

短歌研究社編集部よりのお知らせ。
新年号の本文「歌集・歌書評・共選」のなかで、このホームページにもアップの済んでいる大滝詔子著
『怯むことなく」
が取り上げられます。
正直申して、あの中で取り上げられるなんていうのは経験的に考えても非常に有難いことです。
会員の皆様、ぜひ「短歌研究」新年号をお読み下さい。

大滝さんの『怯むことなく』については、先にも書きましたが、短歌誌「短詩形文学」の巻頭に、水野昌雄先生が取り上げました。
それに次いでの嬉しい情報ですね。

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この表紙カバーの新天地を闊歩する姿は希望に満ちていますね。
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by t-ooyama | 2016-12-02 19:54

お知らせ

幾つかのお知らせです。
お気づきのことと思いますが、冬雷最新号と一緒に『川又幸子歌集』と『怯むことなく』を丸ごとアップしてあります。この二冊については暫くの間、削除更新せずアップし続けます。前者は、広く歌壇、一般の方にも読んで頂きたいという意図、後者は長年掲載の評判コラムでしたので、冬雷の一つの看板として広く読者が欲しいものとの思惑から、本ですとフォントが小さくて読み難いので、PC上なら大きくも出来て読み易いということを考えました。

ホームページの方も使い勝手の良いように改良しておりますので、ご活用下さい。
「短歌投稿欄」というものがありますが、初めは大山の指導が主の場でありましたが、途中から「自由勝手な投稿と意見交換の場」として解放しました。したがって大山の方から何な申し上げることは無くなりましたが、意図は「添削指導」じゃありません。「自由に意見交換」する場です。できましたら、そのように御使い下さるよう御願いします。あの場には、冬雷短歌会としての関わりは強くしてありません。

今年は冬雷から沢山の出版物がありました。
野村灑子さん歌集『美しいもの捜し』の批評特集を四月号で予定します。
ご寄稿は2月15日。編集室必着です。


『川又幸子歌集』を読んでの、
「歌集の中のこの一首」
を三月号に於いて特集します。
1月15日必着で、どうぞご自由にお書き下さい。


来年度の出版物のご案内です。
現在進められているのは、
小川照子歌集(冬雷短歌会文庫025)
大塚亮子第二歌集(詳細未定)

の二つです。

会員の皆様にもいろいろご予定ご希望があろうかと思います。
遠慮なく、担当選者にご相談下さい。

先ずは、取り急ぎお知らせ致します。
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by t-ooyama | 2016-12-02 17:55

「桜」について

冬雷ホームページのトップ画面に、広報が来年の表紙画について書いているが、あれは「上野の桜」じゃなくて、嶋田画伯はただ「桜」と言われている。わたくしが勝手に「上野の桜」と書いたもので、正しくはない。ここに訂正する。
画の由来は、故川又幸子さんの次の一首から、

  ゆふべには少し間のある日のひかりうけて桜の白々と満つ           
                                川又 幸子歌集『運河夕映』より

川又さんの桜と言えば「上野の桜」とおおむねきまっている(特別な思い入れのある)ので、わたくしが「上野の」とつい言ってしまったのである。
歌の中では「白々と満つ」なのだから、嶋田画伯の画には「ピンク色」を控えざるを得なかったのかも知れない。わたくしは、来年の画が「桜」とうかがったとき、画面一杯にグワアっと広がるピンクの花波を思い描いたが、嶋田画伯の画は美しい風景画であった。「白々と満つ」と歌う「桜」をグワアっとピンクに描ける筈がないなあと思い直した。

前の記事で紹介させて頂いた表紙画は少し小さめサイズだった。
あらてめて拡大したものを貼付けます。

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by t-ooyama | 2016-12-01 00:59