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小川家の太子堂と太子像

冬雷短歌会文庫025の小川照子歌集『柊の家』の最後のチェックを行う。
歌集には、ご子息の收一さん撮影の写真が15枚入るので、写真の再現性の良い本文用紙を使う事にするのだが、本文にはそれら写真の簡単な説明も見開き頁で入る。
写真は、題名にもなった小川家の歴史と縁深い「柊」の巨木の四季折々の姿が主だが、他にも幾つか小川家に関係濃いものが載せられる。それらの中に「太子堂」がある。
聖徳太子を祀る太子堂というのが個人の家に建っている事自体珍しいのではないか。しかも、写真説明では、建久三年創建とある。エッと驚く。この年は1192年に当りイイクニ作ろうで「鎌倉幕府」の出来た年なのだ。そんな古いモノが小川さんの庭にはあるのか。それこそ指定文化財ものじゃないのか。
下である。

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今ではコンクリートに固められた地に載せられてあり、太子堂によくある八角堂ではないが、簡素ながらきちんとした造りで、屋根は金属製に替えられてしまったが、以前は茅葺きで天辺には露盤の上に宝珠ののった立派なものであったという。
小川家のある「岩井」は、高名な旧い「出雲伊波比(岩井)神社」にも至近である。この神社は鎌倉幕府とも関係深く、流鏑馬も今に引継がれて行われているのだ。更に古くは、ヤマトタケル命が景行天皇から賜った「ひひらぎの鉾」を携え、この地を訪れ、その鉾が神体として祀られてあるとも言われているらしい。
関東には他にも太子堂は多くあるが、みな鎌倉幕府と関連して建立されている。
この地からは、鎌倉幕府を開くに功績のあった武士団の毛呂氏が出ている。
そういうところに「太子堂」が建てられ、祀られることに不自然は無い。
「ひひらぎの鉾」を祀る「伊波比神社」の足下に「柊」の巨木を守る小川家という構図は、妙に納得させられるものがある。しかもそこには小さいながらも「太子堂」さえ建っているのだ。
毛呂の小川家とは、どんな家柄なのだろう。

この「太子堂」には小川家の所有する天明元年作という極彩色の聖徳太子像がおさめられてある。
下である。

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天明元年とは、1781年である。
建久3年から天明元年までにはかなり空白があるが、この間には、どのような太子縁のものが祀られたかは不明のようだ。そのあたりは興味尽きぬものがあるが、調べようも無い。
それにしても凄い事だ。

小川家には宝暦八年(1758)と彫られた「地蔵」までがあり、折々に手厚く保護されていると言う。
下である。

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いかなるいわれをもつ地蔵なのか。
何かほっとさせられる温顔に見入ってしまった。

という『柊の家』。
これは四月号の別冊付録として進行中である。
来週には印刷所へ手配する。
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by t-ooyama | 2017-02-25 15:23

近況報告

皆様お元気ですか。

今日は三月号の発送で、小林、森藤のお二方と頑張りました。
すでにネット上では公開ですが、ペーパーではあと二日程で会員の皆様のお手元に届きます。
特集『川又幸子歌集』からの「この一首」は総数15頁ですが、これが実に素晴しい。密度の濃い出来栄ですよ。本文フォントを9ポイントにしましたが、もの凄く読み易いです。品格のあるレイアウトだと思いました。やや自画自賛ですみません。

実は来月の5日に横浜に参り、「沙羅」主宰の伊藤先生の「良寛会」に招かれて
「歌人 川又幸子の歌と生涯」(わたくしがつけたのではありません)
という講演を致します。
丁度良いので、この特集号をテキストの一つとして持参して、いろいろ話して任務をこなしたいと思います。「良寛会」には旧「水門」の方も多数いらっしゃるようで、わたくしなどより川又短歌に詳しい方もいそうですから、そういう方が講演されれば良さそうなのですが、伊藤先生から直接依頼されますと、引き受けざるを得ないものがありました。

木島茂夫先生亡き後の冬雷を、川又さんは全力で護ってくれました。有難うございます。
その川又さん亡き後の冬雷には、ぽつりぽつりと冬雷を去る方も出始めております。まあ精神的支柱が折れてしまい、どっと崩れ落ちる何かに抗えず去って行かれるのだろうと心情察するものがあります。
今日も発送作業中に電話がかかって来て、川又先生もいらっしゃらなくなった冬雷を退会したいという申出を受理しました。今迄どうもありがとうございました。
そういう方々の御健康、御健詠を心より祈念致します。

わたくしも今年の十月で「ななそじ」です。つまり「お爺ちゃん」ですね。いま、父が最期を遂げた「齢」を生きております。一日一日が、父を想起しながらの日常です。此所を乗り切ったら、次は長兄が亡くなった「71歳」が目標です。
そんなことをだらだら喋りながら発送作業をしていたら、
「大山さん。わたしより先には逝かないで下さいね。先に逝かれちゃ困っちゃう」
と言われてしまいました。
何が困るんだかは知りませんが、冬雷の編集室をどなたかへきちんと引継いでからの予定なので、御安心下さい。そういうところって、わたくしは確実にやるキャラです。

お二方を駅までお送りしてから、帰りに洗濯物をクリーニングに出し、さらにスーパーに寄って、血圧を測り、豆乳とヨーグルトを買って戻りました。
最近食生活を改善して、血圧を70〜110レベルまでに戻しました。低血圧から脱却。
やれば何でも出来るもんですね。

だらだらの近況報告になりました。
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by t-ooyama | 2017-02-24 23:35

3月号校正了、そして今後の特集号の予定

今日は四人で校正をしました。
3月号には特集

『川又幸子歌集』から「この一首」

です。60名近くの会員の皆様からの「この一首」は読み応えありますよ。
詠み易さを考慮して、通常の本文散文頁で使う8ポイントではなくて、9ポイントに上げました。
特集末尾に赤羽佳年氏の評論、

「川又短歌の教えてくれるもの」

が付きます。総数15頁の特集です。お楽しみに。

これから暫くは特別な記事が続く「冬雷」です。
四月号は野村灑子歌集

『美しいもの捜し』(短歌研究社刊)

の批評特集。
そして五月号には、

栗原サヨ    荒木米子    追悼号

です。
こちらの追悼文締切は3月15日必着でお願いします。

冬雷から歌集三冊を出している荒木さん。
そして98歳という御長命を見事に生き貫いた栗原さんを偲びます。
特に、多摩支部の皆様、旧毛呂山支部の皆様、どうかお二方の人間として、歌人としての足跡を振り返って下さるようお願いします。
冬雷ホームページでもいろいろ語られる事の多い故人を冬雷誌上でも偲びたいと思います。

ということで、予定していました桜井美保子歌集

『駅』(いりの舎刊)


の批評特集は4月15日締切の六月号となります。
こちらもたくさんの批評文、感想文を募集します。

今日は校正作業に時間がかかり、19時に終了。皆様、お疲れさまでした。
編集室ではレギュラーの作業と並行し、
冬雷短歌会文庫025、小川照子歌集
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『柊の家』

も下版間近です。
こちらは本文内に写真が多く入るので、その再現性を考え、本文用紙をコート紙に替える事も視野に入れています。文庫もいろいろ新取り組みが多くなります。課題は多いですが、出来の喜びもまた一入です。
現在のイメージですが、こんな表紙が浮かんでおります。
お楽しみに。
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by t-ooyama | 2017-02-06 21:15