<   2017年 09月 ( 17 )   > この月の画像一覧

毛呂山、沢田の「太子堂」

現在冬雷ホームページにアップ中の10月号は、小川照子歌集『柊の家』の批評特集号である。
お陰さまで立派な特集が組めて御礼申し上げたい。著者は、どちらかというと地方在住で地味な方で、多くの会員の皆様に馴染みのうすい面がありましたが、今回の文庫歌集は、それだけインパクとがあったということか。お人柄の出た人間味溢れる歌集である。

ドライブがてらに、十月号を直接お届けすることになった。
いつ行っても、小川さんの家の周りは花いっぱいで、今は盛りを過ぎかけた日日草と、盛りの紅白のコスモスが迎えてくれる。歌集の写真にもあった立派な門を潜っての玄関前には、繊細な風を捉えて微かにそよぐ「風知草」の柔らかい緑が大きな鉢に広がっている。
昨年九月号に出した拙作、

  柊                 

赤十字奉仕団支部長等つとめ続け庭には折折の花を絶やさず

花や樹の並び立つなかに目をひくは小川さん丹精の槙みどりの樹勢

どつしりと立つ老幹にふるひつく如く抱けど抱へきれなく

小川家に大切にさるる柊のすべすべの葉は樹齢の重み

見あぐれどひたすら高く且つ深く且つ濃きみどりこの柊は

焼け落ちし母屋の炎を浴びし日の傷みより柊も立ち直りけむ


を思い出した。

笑顔で現れた小川さんは、本当に驚いた、たくさん書いて下さったみなさまに御礼でいっぱいです、と仰有る。
このブログを通じて、執筆の諸氏に小川さんのお気持ちを伝えたいと思ってこの記事を書いた。

せっかく行ったので、前に行った時に見られなかった鎌倉幕府と一緒に建立されたという「太子堂」を見せてもらうことにした。やはり、あまりに立派な太子像であり、盗難の危険もあるということで、今は堂内に祀られては居ない。
太子堂は家の裏の方にある小川家の墓地の隣にある。小さな用水路を越えて行くのだが、道路から見ると「何だろうこの建物は」という感じに目に飛び込んで来る大きさだった。
この地では、「沢田の太子堂」という名で親しまれているようだった。

c0216213_09453965.jpg
c0216213_09455076.jpg
c0216213_09455610.jpg

太子堂は格子に作る扉が鎖とカギで閉じられているが、その隙間から中を撮影してみた。
太子像を安置する小さな建物だけは置かれている。これも極彩色の美しい本格的なもの。
横に見える木造の家状の箱は「御釈迦様」を安置する場所だったと言う。
床板には埃が溜まっている感じだが、江戸時代や明治では、この中に畳を入れ、句会や茶会も行われたという記録がある。
古い色紙や掛軸等も残されている。かなり広めである。

外から眺めた建物は今風に修理されているし、新しい材木で作り直されているが、土台石は鎌倉の世のままであるという。
時代の感じられる石の風格が匂い、土台石に接する材木も、かなり古そうなものが見える。こうした材木は当初のものを手入れして、再利用されているのだろう。
写真を入れたので、ご覧あれ。

とても暖かな一日であった。

[PR]

by t-ooyama | 2017-09-30 09:47 | Comments(0)

すてきなブログです

このHPにリンクをはってある方だけじゃなくて、ご自身でもブログやホームページをもっていらっしゃる方が居ります。

どこからかそんな情報を頂きたまに拝見させて貰っています。

会員の造るものですから、時々小誌掲載の作品等取り上げられます。

そんな時は、その関係する方へ、こんなのが出ていますよって教えてあげます。

残念ながらインターネットをやらない方も多いのが小誌の実情です。

あるいは、リンクをはっていないのでその記事の存在をご存じない方もあるのです。

それは勿体無い。

リンクをはってある北山さんの記事は簡単に読めますが、はってない下のアドレスもお勧めです。


      http://tankayfugue.seesaa.net


ブレイクさんの「短い歌の日記」。

まさに「短歌の日記」です。

ここに取り上げられた記事で、作者が読めないであろうと思われる方には、小生がプリントして、その方へ郵送しております。喜ばれますよ。

長崎の福士さんへ送ったら、ぜひブレイクさんへ御礼のお便りをしたい、と言われました。カナダは郵便事情が悪いので、と申しましたが、どうなりましたか。

鵜崎さんへも送りました。ビックリされておりました。

こういう記事は小誌編集子としても嬉しい事です。活発になると良いと思っています。

今回は池亀さんの30首が取り上げられました。

もちろん、これからプリントして作者へ郵送しますよ。

喜ばれる姿が目に浮かびます。こうした記事は本当に励みになるようです。

そしてこれも、発行人、編集子の任務の一つですからね。


[PR]

by t-ooyama | 2017-09-27 10:40 | Comments(0)

深夜に及ぶ

今日は午後から外出。
曇りときどき雨の予報なので、洗濯物を取り入れてから出かける。
帰宅は22時過ぎ。明朝は月一度の「資源ゴミ・紙類」を出す日なので、大急ぎで戻って来たのだ。
発行所にはいろいろな紙類に属する資源ゴミが溜まる。本類、雑誌類、プリントミスの紙、頂いた雑誌を入れてあった袋や歌集類の入っていたボール紙の袋。それと小声でしか言えないが、小誌の残部も蓄積する。思い切って捨てないと狭い部屋は足の踏み場も無くなる。床が抜けるかと思うほど重たい紙類は保存するにも限度がある。
そんなふうに思い、仕方なく「資源ゴミ」として出す。
これも発行所の大事な仕事の一つだろう。

小誌の納品等に使われて溜まったダンボールの箱を束ねたり、舞い込むチラシ等も溜めてあるものを袋に入れて綴じる。
本類、雑誌類の束が8個。雑ゴミ袋が2個。ダンボールや箱ものを開いて束ねたものが2個。
どうにか纏まって、ちょっといっぷくが午前1時だった。
体の為を考えて珈琲じゃなく「飲むヨーグルト」をマグカップに入れる。
今日のmailのチェックの為、パソコン起動。
三通着信。

今月の三十首のYさんの写真。ご自宅の庭でのものらしく美しい芝生の上に立つ姿。
広報から、紹介用の歌集類が届いたという連絡。頑張って紹介文を書きますとある。
事務局から、纏めてあったという十一月用の原稿類。

その事務局担当の数名の方の作品と、事務局の歌も読む。
あのサボテンの歌だ。
広報もサボテンの歌だった。
実は小生もサボテンの歌を用意してある。
十一月号は「サボテンの歌」の並ぶ月になりそうである。

さて、明日は8時までに「資源ゴミ類」を出さなければならない。
寝坊は絶対にまずい。
ひさしぶりに目ざましをセットする。

ちょっと疲れた一日だった。

[PR]

by t-ooyama | 2017-09-26 02:25 | Comments(0)

初体験のセロテープ貼り

午後からの発送に何時もの担当の方が集る。
日曜日で更に普段より一時間遅れの時間帯で、いつも行くお店「美珂美」には入り切らないお客が溢れている。本当にこのお店は人気があるのだ。仕方ないので再度車に乗って「大戸屋」へ。前回行った時は、久々に肉でも食べようかと思って注文した「ステーキ」が手強くて、全員で「硬かったね〜」って印象を述べ合った。今回は違うのにしよう。
今回は「カキフライ」にする。これは温かく柔らかく美味しかった。キャベツも柔らかくたくさん盛られていて良かった。
ただ、欲張って「大盛り」にした五穀米ご飯のビッグさに参り、胡麻塩を振りかけてやっと完食。

さて本作業。
今月は封筒に中身を入れるだけじゃなくて、綴じる所までやろうと思った。
小誌はセロテープ綴じである。
他誌の状態を見ると、もちろんセロテープもあるが、クラフトテープで軽く止める所、ホチキスで一つ綴じる所。糊付けでバッチリも多い。どこでも工夫を重ね、最適な方法を選んでいるのだろう。作業開始。

事務局が自宅で宛名を貼り込んである封筒の関東地方(300番代)を担当。この番号帯はわが埼玉も無論だが、茨城、栃木、長野も入っている。
封筒の宛名を見ながら丁寧に入れてゆく。会費切れの方には振込用紙を分かり易く入れよ、という指示も頂く。
歌集等を取り上げた著者には、そのページに付箋をつけて入れる。
そして口を折ってセロテープで綴じるのだが、これは結構難しい。何回やってもテープがグニャグニャと縒れてしわくちゃな貼り跡となる。綴じてはあるのだが(つまり)見た目美しくない。でも貼り直す訳にも行かず次へ掛かる。
今度は違ったふうに捩じれてやはり納得出来ない。う〜ん。難しい。
病気で入院する前に勉強していた手作り製本教室で、本格的な針を使ったかがり綴じをしていたとき、やたらに糸がこんがらかり、自分だけずっと絡まった糸を解していたのを思い出した。やはり不器用なんだなと、思う。

他の方は手際良くどんどん綴じて積み上げる。どさって持ち上げて箱詰めも始まる。
でも300番代は渋滞中。
見兼ねたお二人から封筒を取り上げられしまった。
これじゃ足手まといなだけだ。来月からは入れるのを専門にしようと思う。
300番代の方で、セロテープが捩くれていたら小生の仕事である。すみません。

順調に進み、三時半頃にクロネコさんが来る。
雑誌の発送に便乗して、編集室が寄贈を受けた歌集類数冊を袋に入れて、紹介記事を担当する桜井さんへも送る。
ひとつのスケジュールが消化されてほっと一息の日曜日だった。

予定じゃね、十月六日が「校正」ですよって話も纏め、四時半頃に発行所を出る。
どうもお疲れさまでした。


[PR]

by t-ooyama | 2017-09-24 21:14 | Comments(0)

わが家の神社?

今月のA子さんの作品を選びながら驚いた。

  集落の高処に在す神の社殿土台の腐触を修復せんとす


ああ、その地の鎮守の神様のお社が傷んだので修復する計画があるんだな。○だ。


  社殿に向かう急坂道を均しつつブルドーザーは道広げゆく


階段というのはどこの神社も超急勾配に造ってあって、普通に登るのは危険を伴い、脇にある緩やかな坂道の方を選んでお参りするのが多いのでよく解る歌だ。その脇の参道を手直しして歩き易くするんだな。○だ。聞く所によると、ああ言う急階段に設えるのは、細心の注意を払い必死に登ることによって邪悪な煩悩が吹っ飛ぶんだそうだ。


  参道の急勾配に手摺り付きの石段しつらう老いわがために


なんだこれは? と思った。この人は神社へ登る脇の坂道をプルを使って拡幅整備をした。そして更に急勾配の階段の方も手摺を付けてしまい、「老いわがため」だと言う。その神社が個人の所有みたいな言い方だな、と思う。豪快な歌だ、○。


  神転の祖々父の建立せし「吉田神社」境内に武道相撲道場ありしと


えっ。初句は「神職」の誤記だろうが、祖祖父が個人的に建立した「吉田神社」なるもので、その(広い)境内? には、私設の「武道相撲道場」さえあったとある。

曾祖父の時代というと幕末か明治か。宗教法人の許可を取るのは難しいかもしれないが、単に建造物を建てるならご自由にどうぞってことになるのだろうか。それにしても、

「わがため」は本当だったのだ。この神社はその地域の鎮守の杜じゃなくて、A子さんの家の私設「神社」なのである。曾祖父は「神主」の資格も持っていたそうで、祝詞やお祓いなども本格的にやり、社殿も立派なもので「お賽銭箱」だって当然ある。そして「吉田神社」と称していた。

個人の家の敷地の中に神社があるなんて、小生如きには想像もできないことだ。維持も大変だ。大掛かりな修復も定期的にやってきたのだろう。


  境内に立ちて見放くる集落の狭き田圃の稲穂かがやく


何か万葉時代に山の高みから「国見」をして下界の生活を見渡しているかの感である。さすがにこれは、「見放くる」が上から目線的ですから、もっと普通に「境内より見えてひろがる集落の〜〜」くらいが良いですねって赤字を入れた。


その神社なるものがどういうふうに存在するのかを知りたくてグーグル地図でA子さんのご住所辺りをアップしてみる。

広い敷地辺りいったいは見えるが、神社は記載されていなかった。

そうだろうな、個人の持主みたいな神社とすれば。


後に電話で話すことがあり、神社について伺う。

神社はお住まいの所からは少し離れた山林の上にあるという。少し前まで酪農で牛を放牧していた牧場ももっていらしたA子さんなので、その所有地の一部が山に掛かっているのかもしれない。いずれにしても、そういう環境に縁の無い生活の小生には想像さえ「ぼんやり」しか見えない。

その神社を荒れたままに放置するとホームレスの方が住み着いてしまうので困るんですよって仰有る。

賽銭箱には、たまにお賽銭等も入るときがあるとも言って笑われた。

やっぱり小さいのかもしれないが、本格的な作りの神社なのだ。

小生も一度「吉田神社」へお参りしたいものですと言ったら、「いつでもどうぞ」って仰有る。

個人の家が所有する神社って凄い話だ。


  境内に人の寄り合う公園を造りたき思い今も持つわれ


こうして個人の神社の境内ながら、私費を投じて「人の寄り合える公園」を造りたい、と仰有るA子さん。

本当に心根のまっすぐな素晴らしい方である。

  ○です。実現したいですね。人の輪をつくる場ですからね。

と、小生はコメントを入れた。


こんな具体的に記しては問題かもしれないが、十一月号に掲載予定のA子さんの作品は、こころの洗われるようなものが多かった。


自宅の庭に太子堂を建てて、極彩色の太子像を祀る『柊の家』の小川さんといい、A子さんの家の吉田神社といい、凄い人が多いなあって、小誌冬雷を思うのであった。

 



[PR]

by t-ooyama | 2017-09-24 01:00 | Comments(0)

冬雷文庫の次は?

編集室担当の冬雷短歌会文庫シリーズは現在025まで刊行済み。
その025『柊の家』(小川照子歌集)も、現在アップ中の十月号に批評特集が組まれている。
みなさんよく読まれて、こころにひびく批評が集った。

次ぐ026の予定は大塚さんの方から進捗情報が来ないので、足踏み中だが、編集室としては、本年中に026の刊行を実現したい。もしすでに密かに準備が進んでいて、計画中の方があるなら、申し出て下されば検討する。先に取りかかるということもあり得る。
本文形態は既報の通り。
それで了解という条件はつく。

なおこの文庫は冬雷うちわの趣濃い歌集なので、あまり大きな期待を寄せられても困るが、付録扱いとなるので、会員の方には全員に送付されるし、交流ある他誌発行所へも寄贈されるという利点がある。
まあ、実力に相応する評価は与えられることだろう。

一応、次のどれかをクリヤーしている方となる。
①会員として十年以上在籍の方。
②作品一欄所属の方。
③編集委員会賞を受賞されている方。
④その他、選者が特に推挙された方。

勇気を持ってどうぞ。



[PR]

by t-ooyama | 2017-09-22 23:11 | Comments(0)

歌集/歌書御礼

昨日は曇り空の肌寒さ、今日は晴天のヒンヤリ天気。すっかり秋だ。
風がかなり強そうで窓に見える木立が揺れ騒いでいる。

印刷所からの連絡で十月号の進捗は予定通り。日曜日には発送が出来るだろう。
わたしはこれから外出で帰宅は明日の深夜。予定だから少しは変るかもしれない。
纏まった手書き原稿をテキスト打ちに出して、束の間のほっとする時間を過ごす。

来月号に掲載する「交流他誌管見」に少し手を付ける。今度は桜井美保子歌集『駅』の反響である。約二十ほどの他誌を積み上げてある。
その前に、すこし溜まった寄贈を受けた歌集歌書の御礼を書き上げる。昨日3冊、今日は5冊。
かなり疲れた。こういうのも発行所の仕事だから義務でやらねばならない。七時から始めて十時半に終了。
あとはこれを投函すればよい。

お陰さまで小生は歌壇では人気のない作家なので、あまり寄贈書が来ない。何とか全てに目を通し、返事を書ける。
今日の歌集の中に『文語定型』(上條雅通著)というのがあって、最初は歌論かなと思った。歌集と知って「そのものずばり」だなと感心する。作品も題名そのものの格調高いものだった。
「文語定型」の対極は「口語不定型・口語自由律」なのかもしれない。あるいは「新短歌」と銘じているむきもある。
大昔の生意気歌作りの小生は、「新」が付くんだから「短歌」じゃないと考えていた。今でもおおむねは自由律短歌を敬遠ぎみである(すみません)。
だが、ふと考えると、何故か小生宛の「自由律短歌」からのアプローチが多い。もしかしたら、小生の作品に口語の多用があるので、大山は自由律作家だと思われているのかもしれない。これは違うな。

小生は基本に文語定型を置いている。あくまで短歌は文語基調でなければならない、と信じている。
口語が入るのは、時代の流れ。口語と反響し合う「新しい文語」を目指している。
口語と文語の共存は意図的であり、区別がつかなくて混じっている訳じゃない。
だから後輩の歌の指導等では、この口語と文語の入り混じり短歌には、常に警告を入れている。
きちんと作りなさい、と。

指導を受けているような期間の方は、やはり確実にきちんとした歌を文語なら文語で、口語なら口語で作る方が良い。
小誌の場合だが、作品欄の昇格にでもなって、例えば「二欄」へ行ったら、今度は実験をして欲しい。
三欄は「基礎を作る場」
二欄は「実験の場」
と、昔はよく言い合った。
各作品欄でのメリハリある作歌活動があると良いと願っている。


[PR]

by t-ooyama | 2017-09-21 11:40 | Comments(0)

台風一過

今朝は目覚めて外を見たら晴天。空は青々、空気は澄み切り、湿度は低そう、気持は晴れ晴れ、の台風一過のおもむき。
目覚めて直後の後頭部の重さは、たぶん低血圧のなせる悪戯で、すぐに飛んで行った。
昨夜かなり遅くに会員Nさんの超長いmailを着信して(この方のものはいつもパソコンとケイタイに同時に入る。どこにいても圏外に逃さない、という強い意志の籠ったもの)、その確りした文体に感心してしまったが、余りに長いので疲れて寝てしまった。お陰で昨夜は睡眠のサイクルが約一時間ほど伸びて四時間程度になり、一度目覚めた(5時)だけで次が9時半だった。比較的良く眠れた感がある。
先ずパソコンを開いて行動始動。
このブログの効果があったか、一名の緊急投稿あり。
どうやら体調を崩されて入院、手術、退院の慌しい日々だったご様子。
そういう内容の歌が並んでいる。でも、何故か前向きで結構ユーモアもあって読者をホッとさせる配慮もある。
○の多い一連だった。
あらためてNさんの超長文mailを読み直し、これに返信を打つと再び長文のmailが戻りそうなので、止めておく。
こうした長文mailが「超短い」と驚くようなものに変化した時に、この方はいよいよ「本物」になりそうな気がする。
長文mailは短歌作品の饒舌化へと繋がるものがある。

事務局から新入会の方の情報続々である。直接の資料請求が発行所にも時々入り対応しているが、会員の方の御紹介がかなり多い。小誌運営にご協力頂き御礼申し上げる。
ご入会下さった皆様の「意欲」を大切にする誌面を作り上げて行きたいと思っている。

順調に選歌がすすんで、ほぼ目処がついた。予定より少し早く進む。
今日で原稿を締め切って割り付け、次の行程へ回すことになる。



[PR]

by t-ooyama | 2017-09-18 11:04 | Comments(0)

雨の日曜日

今日は17日の日曜日。締切り日は15日なので締切後二日目となる。
三連休が締切り日前後になると郵便事情もあって、少しの郵送遅れも考慮せねばならず、いつも休み明けまでは待つことにしている。日曜祭日は速達以外の配達はない。普通の方なら、締切り日直前の投稿になる場合速達を選ぶが、そんなことに無頓着の方もあるので仕方がない。
現状は(私の担当では)欠詠3名。未着5名。というところ。
この未着のうちの一名は普段こうしたことのない方なので少し心配である。
今日一杯待って、来なければ確認の葉書でも出すことになるだろう。
うっかりお忘れ、もあるし、投函原稿が行方不明と云うことも無いと言えない。
わたくしが紛失と云うことは、無い。
あとの方はレギュラーの遅れ組み。

最近いろいろなmailの形態があって、例えば「ライン」というのが流行っている。ラインで良いですか? という質問を受けたことがあるが、私は対応していません、とお答えした。
ラインの登録は簡単のようだが、こういうものに入ると、必要以外の情報がやたらに着信するようなので、今でもそうした不要情報mailを削除しまくっている状況だから余計な操作に煩わされたくない。
電話番号に送るショートmailというのもあるようで、たまに舞い込む。
運がよいとその存在に気がつくが、注していないと見逃す。後日気がついて「なんだこれ」となる。だから、わたくし宛のショートmailも有難くない一つ。どうぞ皆様、これは止めて下さい。
直近のことだが、重要な知らせが入っていた。

ご心配かけていますが、体調不良から病院に行ったら、肺がん、肺炎の診断を受けて入院中。

とのこと。これは大変な状況である。お大事に、健康第一だから先ず躰を休めることにして、歌は気にしないように。
という返事を入れておいたものの、実はこの発信者がどなただか判らない。電話番号は確かに入っているが、その番号に記憶がないのだ。一体どなただろうかってずいぶん考えた。せめて発信者のお名前くらいは書いておいて欲しい。
こうした重大な連絡はショートmailなんかじゃなくて、パソコンmailとか、ケイタイmailの方を利用して欲しいとつくづく思った。パソコン、ケイタイというふたつのmail手段があるのに、その上に○だ×だの手段はでの連絡は一般的じゃない。
このショートmailの発信者は、もしかしたら先月欠詠で心配したKさんかもしれない。
とにかく一日も早いご回復をお祈りする。

投稿が早くて一月前倒しという方もいらっしゃり、これもついうっかり「保存」を落すこともある。早く開いてしまうとどこかに保存せねばならなくなるので、そのママ未開にしておいたつもりが、いつのまにか選択されてしまい見逃して「未保存」となり「無い」ということになるのだ。これも怖い。以前これで何人かの人の作品を未掲載にしてしまい参ったことがある。今月も危なかったお一人があったが、運良く発見出来た。ほっとしている。
今後は直に「新フォルダー」を作って、そこに保存しておくことにする。
でも、それにしてもせいぜい一か月の先の事だろう。

手書きの方には二か月先、三か月先の作品をどんどん送って来られる方もいらっしゃる。
これはお手上げである。
「もう何通も来てますよ」
といえば良いのかも知れないが、何がご本人に「グサリ」という深傷を負わせてしまうかも知れないという心配もある。
だから黙ってプールしている。
それにしても、ああこの方は今月四回目だというのもあって、心が塞ぐのである。


[PR]

by t-ooyama | 2017-09-17 12:03 | Comments(0)

秋の創展

第51回創展のご案内。

秋は上野での開催です。嶋田さんが渾身の力を込めての創展です。
ご都合をつけて是非ご覧下さい。
このところ「水」をテーマに描かれている嶋田さんの作品ですが、今回は下の短歌作品がヒントです。

  甌穴(おうけつ)        嶋 田 正 之

冬たづね描きたる瀞の上流の瀬音たよりて岩場に至る

槻川の屈折多きこのあたり岩肌荒くむきだす処

幾年をかけ窪みたる岩ならむ甌穴といふ荒水の業

槻川の対岸覆ふ緑葉に陽光のさすわが頭にも射す

挨拶のつもりか一尾の魚が跳ね波紋を残し深く静まる

一時期は川の汚れを憂ひしが我ら遊びし水もどりくる

絶ゆる無き瀬音の間に鳴くカジカ久しぶりよと声掛けたしも

鶯の声が木の間を縫ひきたり我が身をするり通り抜けゆく

透けて見ゆる川底の岩見つめつつ永久に清くと願ひ新たに

川の瀬の音描かむと梅雨さなか百三十号の画布に真対ふ


故里の槻川の清流と珍しい甌穴を歌って居ます。
前回は美しい緑色の水が印象的でしたが、今年は
「川の瀬の音」を描いたという大作です。

c0216213_11072641.jpg
嶋田さんのご予定は●印を参考にして下さい。




[PR]

by t-ooyama | 2017-09-14 11:09 | Comments(0)