初体験のセロテープ貼り

午後からの発送に何時もの担当の方が集る。
日曜日で更に普段より一時間遅れの時間帯で、いつも行くお店「美珂美」には入り切らないお客が溢れている。本当にこのお店は人気があるのだ。仕方ないので再度車に乗って「大戸屋」へ。前回行った時は、久々に肉でも食べようかと思って注文した「ステーキ」が手強くて、全員で「硬かったね〜」って印象を述べ合った。今回は違うのにしよう。
今回は「カキフライ」にする。これは温かく柔らかく美味しかった。キャベツも柔らかくたくさん盛られていて良かった。
ただ、欲張って「大盛り」にした五穀米ご飯のビッグさに参り、胡麻塩を振りかけてやっと完食。

さて本作業。
今月は封筒に中身を入れるだけじゃなくて、綴じる所までやろうと思った。
小誌はセロテープ綴じである。
他誌の状態を見ると、もちろんセロテープもあるが、クラフトテープで軽く止める所、ホチキスで一つ綴じる所。糊付けでバッチリも多い。どこでも工夫を重ね、最適な方法を選んでいるのだろう。作業開始。

事務局が自宅で宛名を貼り込んである封筒の関東地方(300番代)を担当。この番号帯はわが埼玉も無論だが、茨城、栃木、長野も入っている。
封筒の宛名を見ながら丁寧に入れてゆく。会費切れの方には振込用紙を分かり易く入れよ、という指示も頂く。
歌集等を取り上げた著者には、そのページに付箋をつけて入れる。
そして口を折ってセロテープで綴じるのだが、これは結構難しい。何回やってもテープがグニャグニャと縒れてしわくちゃな貼り跡となる。綴じてはあるのだが(つまり)見た目美しくない。でも貼り直す訳にも行かず次へ掛かる。
今度は違ったふうに捩じれてやはり納得出来ない。う〜ん。難しい。
病気で入院する前に勉強していた手作り製本教室で、本格的な針を使ったかがり綴じをしていたとき、やたらに糸がこんがらかり、自分だけずっと絡まった糸を解していたのを思い出した。やはり不器用なんだなと、思う。

他の方は手際良くどんどん綴じて積み上げる。どさって持ち上げて箱詰めも始まる。
でも300番代は渋滞中。
見兼ねたお二人から封筒を取り上げられしまった。
これじゃ足手まといなだけだ。来月からは入れるのを専門にしようと思う。
300番代の方で、セロテープが捩くれていたら小生の仕事である。すみません。

順調に進み、三時半頃にクロネコさんが来る。
雑誌の発送に便乗して、編集室が寄贈を受けた歌集類数冊を袋に入れて、紹介記事を担当する桜井さんへも送る。
ひとつのスケジュールが消化されてほっと一息の日曜日だった。

予定じゃね、十月六日が「校正」ですよって話も纏め、四時半頃に発行所を出る。
どうもお疲れさまでした。


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# by t-ooyama | 2017-09-24 21:14 | Comments(0)

わが家の神社?

今月のA子さんの作品を選びながら驚いた。

  集落の高処に在す神の社殿土台の腐触を修復せんとす


ああ、その地の鎮守の神様のお社が傷んだので修復する計画があるんだな。○だ。


  社殿に向かう急坂道を均しつつブルドーザーは道広げゆく


階段というのはどこの神社も超急勾配に造ってあって、普通に登るのは危険を伴い、脇にある緩やかな坂道の方を選んでお参りするのが多いのでよく解る歌だ。その脇の参道を手直しして歩き易くするんだな。○だ。聞く所によると、ああ言う急階段に設えるのは、細心の注意を払い必死に登ることによって邪悪な煩悩が吹っ飛ぶんだそうだ。


  参道の急勾配に手摺り付きの石段しつらう老いわがために


なんだこれは? と思った。この人は神社へ登る脇の坂道をプルを使って拡幅整備をした。そして更に急勾配の階段の方も手摺を付けてしまい、「老いわがため」だと言う。その神社が個人の所有みたいな言い方だな、と思う。豪快な歌だ、○。


  神転の祖々父の建立せし「吉田神社」境内に武道相撲道場ありしと


えっ。初句は「神職」の誤記だろうが、祖祖父が個人的に建立した「吉田神社」なるもので、その(広い)境内? には、私設の「武道相撲道場」さえあったとある。

曾祖父の時代というと幕末か明治か。宗教法人の許可を取るのは難しいかもしれないが、単に建造物を建てるならご自由にどうぞってことになるのだろうか。それにしても、

「わがため」は本当だったのだ。この神社はその地域の鎮守の杜じゃなくて、A子さんの家の私設「神社」なのである。曾祖父は「神主」の資格も持っていたそうで、祝詞やお祓いなども本格的にやり、社殿も立派なもので「お賽銭箱」だって当然ある。そして「吉田神社」と称していた。

個人の家の敷地の中に神社があるなんて、小生如きには想像もできないことだ。維持も大変だ。大掛かりな修復も定期的にやってきたのだろう。


  境内に立ちて見放くる集落の狭き田圃の稲穂かがやく


何か万葉時代に山の高みから「国見」をして下界の生活を見渡しているかの感である。さすがにこれは、「見放くる」が上から目線的ですから、もっと普通に「境内より見えてひろがる集落の〜〜」くらいが良いですねって赤字を入れた。


その神社なるものがどういうふうに存在するのかを知りたくてグーグル地図でA子さんのご住所辺りをアップしてみる。

広い敷地辺りいったいは見えるが、神社は記載されていなかった。

そうだろうな、個人の持主みたいな神社とすれば。


後に電話で話すことがあり、神社について伺う。

神社はお住まいの所からは少し離れた山林の上にあるという。少し前まで酪農で牛を放牧していた牧場ももっていらしたA子さんなので、その所有地の一部が山に掛かっているのかもしれない。いずれにしても、そういう環境に縁の無い生活の小生には想像さえ「ぼんやり」しか見えない。

その神社を荒れたままに放置するとホームレスの方が住み着いてしまうので困るんですよって仰有る。

賽銭箱には、たまにお賽銭等も入るときがあるとも言って笑われた。

やっぱり小さいのかもしれないが、本格的な作りの神社なのだ。

小生も一度「吉田神社」へお参りしたいものですと言ったら、「いつでもどうぞ」って仰有る。

個人の家が所有する神社って凄い話だ。


  境内に人の寄り合う公園を造りたき思い今も持つわれ


こうして個人の神社の境内ながら、私費を投じて「人の寄り合える公園」を造りたい、と仰有るA子さん。

本当に心根のまっすぐな素晴らしい方である。

  ○です。実現したいですね。人の輪をつくる場ですからね。

と、小生はコメントを入れた。


こんな具体的に記しては問題かもしれないが、十一月号に掲載予定のA子さんの作品は、こころの洗われるようなものが多かった。


自宅の庭に太子堂を建てて、極彩色の太子像を祀る『柊の家』の小川さんといい、A子さんの家の吉田神社といい、凄い人が多いなあって、小誌冬雷を思うのであった。

 



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# by t-ooyama | 2017-09-24 01:00 | Comments(0)

冬雷文庫の次は?

編集室担当の冬雷短歌会文庫シリーズは現在025まで刊行済み。
その025『柊の家』(小川照子歌集)も、現在アップ中の十月号に批評特集が組まれている。
みなさんよく読まれて、こころにひびく批評が集った。

次ぐ026の予定は大塚さんの方から進捗情報が来ないので、足踏み中だが、編集室としては、本年中に026の刊行を実現したい。もしすでに密かに準備が進んでいて、計画中の方があるなら、申し出て下されば検討する。先に取りかかるということもあり得る。
本文形態は既報の通り。
それで了解という条件はつく。

なおこの文庫は冬雷うちわの趣濃い歌集なので、あまり大きな期待を寄せられても困るが、付録扱いとなるので、会員の方には全員に送付されるし、交流ある他誌発行所へも寄贈されるという利点がある。
まあ、実力に相応する評価は与えられることだろう。

一応、次のどれかをクリヤーしている方となる。
①会員として十年以上在籍の方。
②作品一欄所属の方。
③編集委員会賞を受賞されている方。
④その他、選者が特に推挙された方。

勇気を持ってどうぞ。



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# by t-ooyama | 2017-09-22 23:11 | Comments(0)

歌集/歌書御礼

昨日は曇り空の肌寒さ、今日は晴天のヒンヤリ天気。すっかり秋だ。
風がかなり強そうで窓に見える木立が揺れ騒いでいる。

印刷所からの連絡で十月号の進捗は予定通り。日曜日には発送が出来るだろう。
わたしはこれから外出で帰宅は明日の深夜。予定だから少しは変るかもしれない。
纏まった手書き原稿をテキスト打ちに出して、束の間のほっとする時間を過ごす。

来月号に掲載する「交流他誌管見」に少し手を付ける。今度は桜井美保子歌集『駅』の反響である。約二十ほどの他誌を積み上げてある。
その前に、すこし溜まった寄贈を受けた歌集歌書の御礼を書き上げる。昨日3冊、今日は5冊。
かなり疲れた。こういうのも発行所の仕事だから義務でやらねばならない。七時から始めて十時半に終了。
あとはこれを投函すればよい。

お陰さまで小生は歌壇では人気のない作家なので、あまり寄贈書が来ない。何とか全てに目を通し、返事を書ける。
今日の歌集の中に『文語定型』(上條雅通著)というのがあって、最初は歌論かなと思った。歌集と知って「そのものずばり」だなと感心する。作品も題名そのものの格調高いものだった。
「文語定型」の対極は「口語不定型・口語自由律」なのかもしれない。あるいは「新短歌」と銘じているむきもある。
大昔の生意気歌作りの小生は、「新」が付くんだから「短歌」じゃないと考えていた。今でもおおむねは自由律短歌を敬遠ぎみである(すみません)。
だが、ふと考えると、何故か小生宛の「自由律短歌」からのアプローチが多い。もしかしたら、小生の作品に口語の多用があるので、大山は自由律作家だと思われているのかもしれない。これは違うな。

小生は基本に文語定型を置いている。あくまで短歌は文語基調でなければならない、と信じている。
口語が入るのは、時代の流れ。口語と反響し合う「新しい文語」を目指している。
口語と文語の共存は意図的であり、区別がつかなくて混じっている訳じゃない。
だから後輩の歌の指導等では、この口語と文語の入り混じり短歌には、常に警告を入れている。
きちんと作りなさい、と。

指導を受けているような期間の方は、やはり確実にきちんとした歌を文語なら文語で、口語なら口語で作る方が良い。
小誌の場合だが、作品欄の昇格にでもなって、例えば「二欄」へ行ったら、今度は実験をして欲しい。
三欄は「基礎を作る場」
二欄は「実験の場」
と、昔はよく言い合った。
各作品欄でのメリハリある作歌活動があると良いと願っている。


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# by t-ooyama | 2017-09-21 11:40 | Comments(0)

台風一過

今朝は目覚めて外を見たら晴天。空は青々、空気は澄み切り、湿度は低そう、気持は晴れ晴れ、の台風一過のおもむき。
目覚めて直後の後頭部の重さは、たぶん低血圧のなせる悪戯で、すぐに飛んで行った。
昨夜かなり遅くに会員Nさんの超長いmailを着信して(この方のものはいつもパソコンとケイタイに同時に入る。どこにいても圏外に逃さない、という強い意志の籠ったもの)、その確りした文体に感心してしまったが、余りに長いので疲れて寝てしまった。お陰で昨夜は睡眠のサイクルが約一時間ほど伸びて四時間程度になり、一度目覚めた(5時)だけで次が9時半だった。比較的良く眠れた感がある。
先ずパソコンを開いて行動始動。
このブログの効果があったか、一名の緊急投稿あり。
どうやら体調を崩されて入院、手術、退院の慌しい日々だったご様子。
そういう内容の歌が並んでいる。でも、何故か前向きで結構ユーモアもあって読者をホッとさせる配慮もある。
○の多い一連だった。
あらためてNさんの超長文mailを読み直し、これに返信を打つと再び長文のmailが戻りそうなので、止めておく。
こうした長文mailが「超短い」と驚くようなものに変化した時に、この方はいよいよ「本物」になりそうな気がする。
長文mailは短歌作品の饒舌化へと繋がるものがある。

事務局から新入会の方の情報続々である。直接の資料請求が発行所にも時々入り対応しているが、会員の方の御紹介がかなり多い。小誌運営にご協力頂き御礼申し上げる。
ご入会下さった皆様の「意欲」を大切にする誌面を作り上げて行きたいと思っている。

順調に選歌がすすんで、ほぼ目処がついた。予定より少し早く進む。
今日で原稿を締め切って割り付け、次の行程へ回すことになる。



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# by t-ooyama | 2017-09-18 11:04 | Comments(0)