明日は18日



二月号の締切は過ぎた。レギュラーの遅着組があって、今頃近くの中央郵便局辺りで仕分けされ居るかもしれない。
どうしてこういうラクスがあるのか、困るが、締め切って明日は取りまとめ、テキスト打ちに回す予定。
締切とはシャットアウトである。ドアは閉ざされた。
小生の方が怠けて遅れている作業がある。
文庫の新刊、大塚亮子歌集『幸せの黄色』の制作である。
選歌が一段落してちょっと暇になり少し手をつける。
こちらは本文160頁になる予定。
題字も今回は毛筆となる。大塚さんの書の師である茅島懐雲先生の揮毫である。
前歌集『日盛りの街』(平成22年 短歌新聞社刊)の時もそうだった。

今回は縦と横のふたつが用意されていたが、カバー用の画(丹羽綾乃氏)とのバランスを考えて「横」を使わせて頂いた。
画は秋明菊を描いたものというが、何か全体にかすみが掛かっており、とてもデリケート。
再現するに非常に難しいものとなっている。
スキャンしてJpegで保存。PhotoshopでCMYKの四つに文色する。
それを編集ソフト、インデザイン画面に貼付けようとするが、どういうわけか何をやっても拒否される。
すっかり困ってしまい、試しにケイタイで撮影してPhotoshopで加工したものを作ってみたが、こちらは動いてくれた。
でもケイタイ写真はまともに真直ぐにならないし影も出る。とても使えない。
リセットして、再度普段使わないMac G5 を起動してスキャンする。
それを現在主に使うMac へ取り込み、再度Photoshopを使って作り直す。今度はPsdで保存する。
またまたインデザイン画面へ取り込みを計るが、二度拒否される。状況を変えるしか無いと思って、画像をフォルダー「大塚亮子歌集データ」からデスクトップへ移動させた。
そして取り込みに成功した。

いやはや、何が何だか解らぬままに悪戦苦闘して、やっとのことで、こんな簡単な作業がひとつ進展した。
その画が下のものである。これだけ苦しむと逆に愛着が湧くから不思議だ。

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上はMacでのスキャンしたものから加工。
下はケイタイでの撮影からの加工。
全く違う。
やはり上の方が良いのは、一目瞭然だ。
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題字は下のようになる。

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# by t-ooyama | 2017-12-17 20:22 | Comments(0)

新表紙絵

本文は日曜日に下版データを印刷所へ投函。
そして本日、新しい表紙絵の再校が届き、色具合をチェックして「OK」を出す。
実は初校での具合が茶っぽい葉っぱとなっており、クレームを入れた。鮮やかな花と葉っぱじゃないと素材となった作品に申し訳ないと、頑張って色調整をしてもらった。
先ほど、このHPにアップする最新号データを纏めたと広報からmailが来た。
印刷OKとなった再校をPhotoshopに取り込んで加工。新表紙絵として広報へ送ったのだが、それを早速に使ってのことである。さすがに優秀な広報なので早いなと感心する。
添付されたPDFを開いてみると、素晴らしい出来栄の表紙となっている。
美しい木槿の花である。
どうぞ皆様、お楽しみに。

再校のプリントを入れて、原画は、嶋田画伯へ返却した。


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# by t-ooyama | 2017-12-08 22:59 | Comments(0)

本日下版(印刷所へ回しました)

師も走るという十二月。
年末年始の大連休もあって印刷所も忙しい。
暦を見ると、23日の土曜日辺りが出来じゃないと厳しいことになる。
そこに間に合うデータ渡しは、明日5日なら十分な日程を組める筈だ。
新年号は恒例の「誌上年賀状」もあって本文80ページとなる。
午前11時に駅前に集合し、皆様を駅に送ったのは18時。今月はながくかかった。
丁度「御歳暮」で届いた「牛久シャトービール」を開けて飲んでもらった。
美味しい地ビールである。

今月は森藤さんが都合悪く見えないので、代役として中島千加子さんに来てもらった。
初めての校正作業であったが、三老人が見落とした誤植を度々掘り当てる。
発送などよりは、こちらが向いているかもしれない。
課題は歴史的仮名遣いを自身の歌でも良く間違える所か。
自分の所で間違えるのだから、他人の歌の間違いが気がつくとは限らない。
うーん。もっと勉強してもらわないと、〜〜ね。

ただし、まだ表紙絵の方が校了にはなっていない。
初校は出してもらったが、原画にかなり遠い色合いだったので、訂正再提出を求めている。
これが揃わねば、本文だけあっても雑誌は出来ない。
まだ、一山残している。

校正が済んで、校了紙と一緒にレターパックに入れてデータを投函した。
嬉しい事は、発行所の向かいにあるコンンビニの前に郵便ポストが新設されたことだ。
これなら早暁でも深夜でも、郵便物を投函することが出来る。
ポストが遠かった今までと違い、至便この上ない。
気分がずんと軽くなった。

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# by t-ooyama | 2017-12-04 21:19 | Comments(0)

歌集『文語定型』について

歌集『文語定型』の著者から葉書が舞い込む。

過日は拙歌集『文語定型』の御感想の御手紙をありがとうございました。また、インターネットでも御紹介頂き有難うございます。

とあった。
この歌集は覚えている。たしか題名の個性的なのは挙げたけれども、記事では口語不定型短歌についてだけ、このブログでは書いた筈だ。それを御紹介だなんて言うとは丁寧な方である。

御選び頂きました四首のうち、前から三首は大山様のみ選んで頂いたもので作者としてはとてもうれしく思いました。「両岸は」もほかに一人いるだけでした。

ともあった。
小生は、受贈した歌集類への礼状を基本的にほとんど出す。その場合、前半には「礼状フォーマットを使い、著者名本名を打ち込むだけのものを作る。そして、これだけじゃ仮に貰う立場になったとしても有り難味が薄いので、必ず、コメントと幾つかの作品を挙げることにしている。
簡単な感想と歌の選出。でも、これは実際は本当に厳しい仕事である。そんな折の心情等はこのブログにも度々書いているが、対象によっては選び出したくとも一首も選べない、というレベルのものも多いのだ。また、短いコメントにも手を抜かず、直感的に浮かぶ印象をまっすぐに書くことにしている。
『文語定型』に何を書いたのか、保存してあるものから調べてみた。

新歌集のご上梓まことにおめでとうございます。

大切な一冊をわたくしにまでお届け賜り厚く御礼申します。

最初は短歌論かなと思った集名ですが、歌集ということで驚きました。まさにズバリの命名で、覚悟が感じられます。

死に至る苦しみの量思ひみれど犬は黙せり風に吹かれて 30

夕ぐれの大き十字路見下ろしぬ生きねばならぬものら行き交ふ 56

すいめんにただよふ亀と岸にたつ人間われと如何ほどの差か 95

両岸は闇に沈みてただ白くのびたるものと川はなりたり 48

心に止ったものを挙げましたが、確固と流れる定型の格調は気持よいものがあります。歌の重要な要素ですからね。

特に最後の一首、冷徹な簡略のきいた写生となって、印象的でした。

先ずはとりいそぎ、お礼とします。

             平成二十九年九月二十一日

とあった。
著者上條雅通氏の仰有る四首が鮮やかに甦った。これはみな良く覚えている四首である。
最初の三首は、小生だけが印を打って書き送ったのだとある。そして四首目が、他に一名挙げた方がいた。
ナルホドと思った。
コメントにある通り、輪郭のくっきり解る歌で文語定型をきっちり基本としていて気持よい。三首目までは作者の日常的な動作が感じられて温かみがあるが、四首目は違う。これは象徴的に捉えられた自然描写に徹している。
今読んでも、四首目が一番響いてくるようだ。何がどんなふうに? と問われても、即答しかねるモノが響き迫ってくるのである。歌ってそんなものじゃないのかと思う。口語訳すると、如何にも面白くない、だから訳することもうまく出来ないけど、でも何故か響き迫って来るモノが有るよねっていう感じか。

改めて『文語定型』はレベルの高い歌集だと認識した。
 
実は、上條氏のように、小生の礼状に対して折り返しお便りを下さる方は稀にしかいない。まあ、殆どの方は歌集を寄贈したのだから礼状が来るのは当り前って考えていらっしゃるようである。
この上條氏の葉書は、ひさびさに舞い込んだ「鄭重なるお便り」であった。

自分が出した御礼状は一応みな保存してある。
だが、実際の歌集は手許に無い。
すでに小誌への紹介を書く候補の一つとして、担当の桜井さんへ送ってあるのだ。

いずれ掲載されると思うが、順番なので、もうちょっと先になるかもしれない。


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# by t-ooyama | 2017-11-24 18:47 | Comments(1)

歌集をたくさん読みました

新年号の選歌が終って、そのデジタルテキストが出来上がるのを待っている束の間の空白の日々。
昨日から取りかかって、寄贈を受けた歌集類新刊の封を切って、中身を確認、順に礼状を書いて行った。
昨日7冊、今日も7冊、計14冊の中身確認作業は結構しんどい。他誌で小誌を紹介して下さるとかの場合は、即時に御礼を書くのだが、新刊歌集は少し溜めておいて暇を見て一気にやる。極近に届けられたものは後に回し、到着順に取りかかる。
外塚喬氏の『散録』は氏の個性が良く出ていて楽しめる。

ためいきをつけば憂ひもこぼれ出て沼のおもてにいちめんの雨

唐梨子は苦労のあとの見え隠れするやうな木なり樹皮を落とせり

百円ショップに来てきまぐれに求めたる三色ボールペンをはなせず

ネクタイを取りかへ引つかへするうちに最後の一本が首にまきつく

永井正子氏の『風の渚』はきっちりと見開き頁が開いて非常に読みやすい製本で、読みながら苛立つことが無かった。

センサーの感知素早く門前の闇に家族の素顔が浮かぶ

夕光に影引く石の一つづつ渚に満つる潮に濡れゆく

平林静代氏の『点の記』は生真面目で誠実に生きる日常がうたわれていた。

眠るにも力が要るなり深く吸ひ大きく吐きて息整ふる

落葉の上をとんとん弾む寒雀楽しいことでもあるのか とんとん

他にも散文集として、大島史洋氏の『短歌こぼれ話』。千々和久幸氏の『酔風船』など重くない感じの取り付きやすい本があった。
今回の十余冊の歌集には、どう頑張っても引っこ抜ける佳品がない、というものが見当たらなかったのは嬉しい。みなそれぞれの個性を思わせる作品が見つかった。そういう意味ではレベルの高い方々の歌集であった。
中でもインパクと十分は鶴田伊津氏の『夜のボート』である。第二歌集だとある。
変哲ない日常を構えずにうたっているのだが、読後ジワッと広がって来る何とも言えない余韻がある。

紅羊歯のように震える心ありアジアを亜細亜と変換すれば

子は脅ゆ風が落葉を集めるに蟻がわらわら歩いているに

肉体の厚みを持たず揺れているパジャマの裾に蟬はすがれり

子はふたつわたしはよっつ右脛に蚊の残したる晩夏の地図

Bを使えば4Bめくことば生まれ常より筆圧強し

4Bの太目の芯で書いていると、それなりの思いが生れ、ことばが生れ、ああ筆圧がこんなに力強いことだ。
という歌だが、面白いなあって思った。
文字は人を表すとかってよく言う。事実年齢や、その時の心情の持ち方でかく文字が変わって来る。
こころが穏やかだとまるっこい文字となり、のびのび大きめになったりもする。
逆に神経ぴりぴりで尖った時は4Bでは文字を書けない。芯の硬いH系だろう。
最近小生は太目の鉛筆で丸くて柔らかく大きい字を書いて暮したいと思うことが多い。
今回の賜った歌集への礼状には、思いっきり柔らかな大きな字で大山敏夫って書いた。

一先ず、歌集類を見ないで済む日が続く。
今週末に十二月号が出来する。即発送となる。
そしてその次は、新年号に取りかかることになる。
予定では十二月四日が最後の校正日である。
束の間の空白が済むと、目まぐるしい時間との闘いが始まるのだ。


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# by t-ooyama | 2017-11-22 23:03 | Comments(0)