退院のご報告(炎のリハビリ)

皆さま。
おはようございます。
わたくしは、6月に入りまして、初夏の美しい自然や、焼け付く太陽の日差しをじかに受け止められる環境になりました。午前5時には起きだしてリハビリとしての「強歩」に近い歩行を30分行います。ただ歩く、という病院内でのリハビリを一歩グレードアップさせた、わたくしが考え出した歩き方です。
具体的には足を付け根の部分より引き上げて踵より着地する・・・というものです。当然背筋を伸ばして頭をしっかり立てておきます。いかに早朝といっても、これだけ歩くと頭から汗が流れ落ちます。
戻ってからは家事リハビリという、これもわたくしが考え出した肉体への負荷をバランスよく与える仕事をします。具体的には、掃除、食器類や浴槽洗い、洗濯ものの取り込み、リハビリを兼ねた買い物、たまには食事の用意も致します。さらに孫の相手、特にぐずったときに寝かしつけるの得意です。
さらに、それでも満足できず、筋トレリハビリも始めました。
以前から使っていた鉄亜鈴を使っての主に上半身というか、腕の力をつけるトレーニングです。これを行いまたまたびっしり汗を流します。これらは結構肉体的には辛いことばかりですが、そういう人とは違う強烈なリハビリを義務付けないと、わたくしの頂いた病気に負けてしまいます。
わたくしは、すべて病院から頂いた指示とおりに行い、それでも満足できずに、わたくしの肉体の条件に沿って耐えられるぎりぎりのところを強い続けております。
お蔭様で病院を出てからは絶好調で、食欲は旺盛、眠りもコントロールさせるようにもなって参りました(いまのところですが・・・)。実は夜中にほぼ3時間の間隔で目覚めて行う「仕事」が義務付けられています。これをうまく乗り切らないと大変な状況に陥ります。わたくしは目覚まし時計を頼りつつ、ほぼ自力で3時間の間隔でしっかり目覚めております。
規則正しく、そして自分自身で行わなければ、誰も手助けしてもらえない、退院後のリハビリに取り組んでいるところです。この状態をめやすとしては半年間続けます。そのときの判断で、次のステップに上るか、今までの環境でのリハビリを継続するかの判断が医師より下ります。
わたくしの性格からしては、必ず次のステップに上りたいものと考え、人並みはずれた奇怪なリハビリを自分流に開拓して、行っているわけです。
周囲からは、なに馬鹿なことをしているのか? やりすぎて体壊しては大変だ。とかいわれまくっております。でも、わたくしは、かつても今も変人であります。自分自身も「自分は普通の人とどこか違う」と感じておりましたが、以上つらつら述べてきたことなど、その奇怪さの、ひとつの証明かもしれませんね。
こうしたスケジュールをこなしておりますので、わたくしには冬雷の仕事を入れる時間がすっかり無くなりました。ぎりぎり最小限でのお手伝い程度にならざるを得ないと考えております。当然、いままで任されてきました要職である「選者や編集」も当分はご辞退させて頂き、炎のリハビリに没頭したいものと考えております。
ただし、最小限での責任は全う致します。
そのあたりのことをもう少し体に自信が持てるようになり、電車などにも乗っていける状態になりましたら、冬雷の幹部の方々にご相談申し上げることになります。ご迷惑おかけしますが、わたくしも命がかかっておりまして、ご理解くださるよう、衷心よりお願い申し上げます。
以上べらべら、書きなぐりました。誤変換があったら、ごめんなさい。
[PR]

by t-ooyama | 2011-06-04 12:03 | Comments(2)

Commented by なでしこ at 2011-06-04 22:52 x
退院おめでとうございます。
今日までよその人より多くこの言葉を使ってきましたがこんな嬉しい「おめでとう」は初めてです!(^^)!
Commented by ブルックリン at 2011-06-11 23:16 x
大山先生がお元気になられたご様子の「工房通信」を拝読市、嬉しくなって又メールを書かせて戴きます。
劣等性での私でしたが。
朝日歌壇に彗星のように登場して,消え去ったホームレス歌人のことを、克明に描いき、今評判の本に、
「短歌こそ、表現文学の極意であり頂点」との記述がありました。大山先生のご回復をお祈りしながらそんな話題をお伝えいたします。
また、家人(66歳も3カ月前に理髪店の勧めで前髪の部分染めをいたしましたが、2週間で元に戻ってしまいました。    

<< コメント有難うございます 不義理のお詫び >>