『朝狩』の一首
『土地よ痛みを負え』は岡井隆氏の第二歌集。
『眼底紀行』は第四課集である。
この時期にもう一つの大事な歌集を手に入れている。第三歌集の『朝狩』だ。
岡井氏はいつも柔和な笑みをたたえていて、笑顔が驚くほど人なつこく素敵だった。ある時、書棚からこの歌集を発見して直に購入した。岡井氏は歌集を手に取られ、深緑の箱から取り出した同じく深緑の紙貼りのハードカバーを撫でながら、「ほら、ここが自慢なんだよ」って題名「朝狩」の部分を示した。今なら珍しくない型押しだが、色を入れない四角のベタ押しの中に「朝狩」の二字が浮き出しているアイデアであった。背文字は金の箔押しである。
見開きは、お好きな色なのかオレンジで、本文1頁目に署名を入れるスペースか「白」が用意されている装幀だ。四六判160頁だて。自序があって、卷末に本文各章の自註を配する斬新な仕組みだ。
この時も気さくに一首書いて下さった。
楽興の刻は来にけり
犇きて花にしせまる
硬葉たのしく
の歌。
これは岡井氏の歌の一つの個性をよく表す男歌、セックスアピールの濃い作品に感じた。
因みに書棚には処女歌集の『斉唱』も見えた。
「これですか。どうぞご覧ください」と仰るので開くと。
本文すべて白の「束見本」であった。
もう、ご自身もお持ちでない絶版だと話された。
ちょうどよい機会だから、この情報もアップしてしまいたい。
考えてみると、あの時期がわたくしにとって最も青春を感じた時かもしれない。
冬雷という(比喩は悪いが)井の中から外に跳び出して、そのきらびやかさに圧倒され、反動からある意味、自分を見失いかけた。
以後すこしの間、短歌を如何に作るかで呻吟した。
わたくしが短歌の師とおよびすることが出来るのは、そして大きな影響とご恩を頂いたのは、
木島茂夫。
岡井隆。
このお二方だけである。
岡井隆氏は今なお現役で歌壇を牽引する大作家である。
ますますのご活躍を、祈らずにはいられない。
『眼底紀行』は第四課集である。
この時期にもう一つの大事な歌集を手に入れている。第三歌集の『朝狩』だ。
岡井氏はいつも柔和な笑みをたたえていて、笑顔が驚くほど人なつこく素敵だった。ある時、書棚からこの歌集を発見して直に購入した。岡井氏は歌集を手に取られ、深緑の箱から取り出した同じく深緑の紙貼りのハードカバーを撫でながら、「ほら、ここが自慢なんだよ」って題名「朝狩」の部分を示した。今なら珍しくない型押しだが、色を入れない四角のベタ押しの中に「朝狩」の二字が浮き出しているアイデアであった。背文字は金の箔押しである。
見開きは、お好きな色なのかオレンジで、本文1頁目に署名を入れるスペースか「白」が用意されている装幀だ。四六判160頁だて。自序があって、卷末に本文各章の自註を配する斬新な仕組みだ。
この時も気さくに一首書いて下さった。
楽興の刻は来にけり
犇きて花にしせまる
硬葉たのしく
の歌。
これは岡井氏の歌の一つの個性をよく表す男歌、セックスアピールの濃い作品に感じた。
因みに書棚には処女歌集の『斉唱』も見えた。
「これですか。どうぞご覧ください」と仰るので開くと。
本文すべて白の「束見本」であった。
もう、ご自身もお持ちでない絶版だと話された。
ちょうどよい機会だから、この情報もアップしてしまいたい。
考えてみると、あの時期がわたくしにとって最も青春を感じた時かもしれない。
冬雷という(比喩は悪いが)井の中から外に跳び出して、そのきらびやかさに圧倒され、反動からある意味、自分を見失いかけた。
以後すこしの間、短歌を如何に作るかで呻吟した。
わたくしが短歌の師とおよびすることが出来るのは、そして大きな影響とご恩を頂いたのは、
木島茂夫。
岡井隆。
このお二方だけである。
岡井隆氏は今なお現役で歌壇を牽引する大作家である。
ますますのご活躍を、祈らずにはいられない。
by t-ooyama | 2014-11-05 11:41 | Comments(0)