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やはらに黙を

車の六か月点検があるので時間に追われ、大急ぎで家をでる。出掛けに郵便箱を覗くと本が一冊届いている。それをつかんで飛び出す。
点検はデイラーで1時間ほどを要する。サービスのコーヒーを頂きながら待つ。ちょうど届いたばかりの本を持ってきたので開いてみる。1時間を待つのには程よい。

沢口芙美さんの『サガルマータ』に次ぐ第七歌集『やはらに黙(もだ)を』であった。2007年から11年までの作品が収められている。

  ユラッときて後は覚えのなき大揺れその時ビルの地下室にゐた
  目の前の蝋燭の箱つぎつぎに売れてライターをわれは得しのみ

という、大震災の折の歌で終わっている。
歌集は、著者の60代後半に当たり、「こころの重い歌ばかりと思い、何故そんな感情が湧いたのか今ではそのきっかけがよくわからない歌もあります。ただ、一日一日を刻むように生きてきたのだ、と思うことにしています」とあとがきに記している。
やはり年頃から周辺の死を歌うことも多い。
  
  勢ひて死まで行きしよ棺のなかまだ若さある顔をかなしむ(青井史)
  孤独死と伝ふる追悼記事をよむ岩瀬安弘よき歌詠みけり(岩瀬安弘)
  霊柩車出でたるのちを気の抜けて仰ぎゐつ寺の観音像を(森岡貞香)

歌集の随所にこうした追悼歌や、生き死にのことを考える作品が目につく。スペイン・エボラ・サンフランシスコ教会に於ける連作は、特に印象的だ。

  アーチ形に髑髏をつらね柱とす「あなた方を待つ」と入口に記し
  全身の骨を壁に吊るさるるは悪事をつひに悔いざりし男
  魂の抜けたる骨は物体か  連なる髑髏を見上げて黙す

単に「悪事を」悔いない、とあるが、人間における正義とか悪事とかっていったい「何」かっていう問いは当然あるのだろう。一体の骨を壁に塗り込められた事実は、おどろおどろだ。

結局沢口さんというと、つぎのような歌が必ず? 出てくるので、その流れで紹介する。

  ゆくゆかぬ墓参決めかね見てゐたり翳るもみぢのひとところの朱(岸上大作没後50年)
  ふる雨の雪の形となれるもの軒に触れるか触れぬ間に消ゆ

1時間という余裕を与えられて一冊の歌集をゆったりと読ませて頂いた。
実力者の歌集だから、ずいぶんいろいろなことを考えさせられた。インパクトのあった歌を少し上げる

 筵旗とは何かと若き女問ふかの闘争より経つ半世紀 
  煮ても焼いても旨しと言へり道の駅に売る細身なる高原大根
  正面より差しくる朝日を胸に受けおのづから湧くけふの活力
  斎藤茂吉便器昭和十五年と自記せるバケツ意外に小さし
  冬空のあまりに蒼く地上ゆく一存在は吸はるるごとし

真剣に命を賭して闘った若き日の思い出。
筵旗。もうそんなものは日常に存在しない。生きながらえて老いていくのみである。
わたくしもまた、自分にとっての筵旗をぼんやりと考えていた。
沢口さん、どうも有り難うございます。勉強になりました。
                              (本阿弥書店刊  本体2700円)
  
  

by t-ooyama | 2014-11-25 12:24 | Comments(0)

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