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モンキートレインにに乗って 72    の祝賀会

昨夜は昭和十九年生まれの会の五冊目のアンソロジー『モンキートレインに乗って72』の出版記念会だった。お誘いを頂き、ひさしぶぶりに歌壇の集会に参加した。
会場のお茶の水は大昔に務めていた会社のあった場所だし、そこはすぐ近くだった。まあ、面影は皆無だけれど。
  
催涙ガスの淀む広場をよぎりきて涙はいづる恥づかしきまで

と歌った場所も通って行った。

あらあらしく敷石をひきはがしゆく警官等見ゆ暴徒のごとく

とかつて歌った、その歩道の上を通って会場へ向かう。

会場受付前の長椅子に大島史洋氏が掛けて書類を読んでおられた。先ずご挨拶。
受付では鶴岡美代子さんがわたしくしに気付いてくださったので、その前に行ってご挨拶。
ながらみの及川社長の大柄な背中が見えたので、近づいてご挨拶。
がっちり大きく貫禄を増した林田恒浩氏と握手してご挨拶。
小木宏氏が微笑みながら近づいて下さりご挨拶。
小林さんが「うちの編集長です」って、いろいろな方を紹介して下さりご挨拶。
ながらみの為水憲司氏とご挨拶。冬雷の太田行蔵さんの頁は面白く読みましたと言われる。
本当ですか。有難うございます。

「国民文学」発行人の横山岩男氏のお元気なお姿が素晴しい。その発声で乾杯となる。のちは食事しながらの歓談と皆さんの祝辞の時間。
アルコールを頂きながら、御供平佶氏とご挨拶。氏は「国民文学」の編集者なので、その苦労話など参考になることをたくさん聞く。校正担当が十余名には驚く。流石に大結社だ。

依田仁美氏がわざわざ赤ワインをふたつ手にしてあらわれ、それを頂いて話をすこし。
話し上手で飲み上手の依田氏とは池袋で二三度ご一緒した。
丹波真人氏とご挨拶。内野信子さんとご挨拶。この方は大昔に毛呂山支部での歌会にゲストできて下さったのを思い出す。確かあの頃は「個性」に所属していらした。
竹内由枝さんもいらした。埼玉県歌人会でご一緒した平岡三和子さんもお変わりなさそうだった。このお二方とは嶋田正之画伯のことが話題になる。竹内さんは「りとむ」を通してだが、平岡さんは違うことでの交遊流ありとのこと。驚いた。
森水晶さんと石川幸雄氏が名刺をくださる。有難うございます。
グラスを手に中村節子さんがにこやかにあらわれる。変らぬ品格だ。パワーあふれる三原由起子さんは変らず明るい。華のある方だ。この方を見て居るといつも芳賀久子を思い出してしまう。

会場はいよいよ盛り上がり、『モンキートレインに乗って72』の参加者全員の紹介があり、代表して及川社長が挨拶される。下はその写真。ピンボケなのは肖像権などの問題を考えたからじゃなくて、わたくしの手が酔っぱらって定らなかったからのようだ。
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最後は大島氏の言葉で閉められる。
氏は、ひさびさに出てきたわたくしを、大いに気遣ってか、東小金井の岡井隆邸ではじめて会ったときのエピソードやら、わたくしが当時編集発行していた歌壇若手の超流派勉強誌「日本青年」のことなども話される。これには恐縮であった。
大昔からいろいろなことに取組んできたが、あれも一つの思い出。その後も当時珍しかった個人誌の活動も始めた。それが「短歌工房通信」である。「工房に光芒を」がキャッチフレーズだった。この個人誌は結構話題になり、それを読んで下さって以来交流しているお一人が塚本諄氏である。短歌に「工房」は変かなと当時は思ったのだが、どういうわけか、現在は「短歌工房」を名乗る歌人も複数いらっしゃる。
大島さん、僕の為にそんな昔のことを話して下さって感謝します。
あのころ、わたくしは岡井氏から添削指導も受けた。
今迄、わたくしが添削指導を受けたのは木島茂夫、岡井隆の二人だけである。

「短歌研究」の堀山編集長とご挨拶。
お隣の席にいらして静かに微笑む鶴見輝子さんと連れ立って帰途につく。鶴見さんは「新アララギ」発行人の雁部貞夫氏夫人であった。折々こういう場にお顔をみせる背景には、多忙の夫を助けたいというお気持がしっとり感じられた。
「橘美千代さんって、何か持ってますね」などと話しつつ駅へ歩いた。

by t-ooyama | 2016-07-23 16:22 | Comments(0)

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