わが家の神社?

今月のA子さんの作品を選びながら驚いた。

  集落の高処に在す神の社殿土台の腐触を修復せんとす


ああ、その地の鎮守の神様のお社が傷んだので修復する計画があるんだな。○だ。


  社殿に向かう急坂道を均しつつブルドーザーは道広げゆく


階段というのはどこの神社も超急勾配に造ってあって、普通に登るのは危険を伴い、脇にある緩やかな坂道の方を選んでお参りするのが多いのでよく解る歌だ。その脇の参道を手直しして歩き易くするんだな。○だ。聞く所によると、ああ言う急階段に設えるのは、細心の注意を払い必死に登ることによって邪悪な煩悩が吹っ飛ぶんだそうだ。


  参道の急勾配に手摺り付きの石段しつらう老いわがために


なんだこれは? と思った。この人は神社へ登る脇の坂道をプルを使って拡幅整備をした。そして更に急勾配の階段の方も手摺を付けてしまい、「老いわがため」だと言う。その神社が個人の所有みたいな言い方だな、と思う。豪快な歌だ、○。


  神転の祖々父の建立せし「吉田神社」境内に武道相撲道場ありしと


えっ。初句は「神職」の誤記だろうが、祖祖父が個人的に建立した「吉田神社」なるもので、その(広い)境内? には、私設の「武道相撲道場」さえあったとある。

曾祖父の時代というと幕末か明治か。宗教法人の許可を取るのは難しいかもしれないが、単に建造物を建てるならご自由にどうぞってことになるのだろうか。それにしても、

「わがため」は本当だったのだ。この神社はその地域の鎮守の杜じゃなくて、A子さんの家の私設「神社」なのである。曾祖父は「神主」の資格も持っていたそうで、祝詞やお祓いなども本格的にやり、社殿も立派なもので「お賽銭箱」だって当然ある。そして「吉田神社」と称していた。

個人の家の敷地の中に神社があるなんて、小生如きには想像もできないことだ。維持も大変だ。大掛かりな修復も定期的にやってきたのだろう。


  境内に立ちて見放くる集落の狭き田圃の稲穂かがやく


何か万葉時代に山の高みから「国見」をして下界の生活を見渡しているかの感である。さすがにこれは、「見放くる」が上から目線的ですから、もっと普通に「境内より見えてひろがる集落の〜〜」くらいが良いですねって赤字を入れた。


その神社なるものがどういうふうに存在するのかを知りたくてグーグル地図でA子さんのご住所辺りをアップしてみる。

広い敷地辺りいったいは見えるが、神社は記載されていなかった。

そうだろうな、個人の持主みたいな神社とすれば。


後に電話で話すことがあり、神社について伺う。

神社はお住まいの所からは少し離れた山林の上にあるという。少し前まで酪農で牛を放牧していた牧場ももっていらしたA子さんなので、その所有地の一部が山に掛かっているのかもしれない。いずれにしても、そういう環境に縁の無い生活の小生には想像さえ「ぼんやり」しか見えない。

その神社を荒れたままに放置するとホームレスの方が住み着いてしまうので困るんですよって仰有る。

賽銭箱には、たまにお賽銭等も入るときがあるとも言って笑われた。

やっぱり小さいのかもしれないが、本格的な作りの神社なのだ。

小生も一度「吉田神社」へお参りしたいものですと言ったら、「いつでもどうぞ」って仰有る。

個人の家が所有する神社って凄い話だ。


  境内に人の寄り合う公園を造りたき思い今も持つわれ


こうして個人の神社の境内ながら、私費を投じて「人の寄り合える公園」を造りたい、と仰有るA子さん。

本当に心根のまっすぐな素晴らしい方である。

  ○です。実現したいですね。人の輪をつくる場ですからね。

と、小生はコメントを入れた。


こんな具体的に記しては問題かもしれないが、十一月号に掲載予定のA子さんの作品は、こころの洗われるようなものが多かった。


自宅の庭に太子堂を建てて、極彩色の太子像を祀る『柊の家』の小川さんといい、A子さんの家の吉田神社といい、凄い人が多いなあって、小誌冬雷を思うのであった。

 



[PR]

by t-ooyama | 2017-09-24 01:00 | Comments(0)

<< 初体験のセロテープ貼り 冬雷文庫の次は? >>