『とはに戦後』を読みつつ「日本青年」旧号を思う
どこを読んでも、どこを開いてもずしんと来る歌ばかり。いつもながら真の表現者だと思う。
その、ざっと開いたページと箱が上の写真です。
泣くよりも悲しき泪身にしまふ母が独りで背負ひし戦後
身の丈にあまる労苦を背負ひこし寡婦らの背中老いて曲がりぬ
切り株のごとくに低く太く生く戦後の村に働く寡婦ら
わがいのちかくも熱きかけふの暑は体温並みとテレビが報ず
空が青いだけでも生きてゆけるとふ 今日のわたしはうなづきてをり
生死をば入るる肉体 天の鳥水の魚よりずしりと重し
ざっと開いたページより歌を引きました。
小生より少しお姉さんの東さんも、あの戦争の傷みを癒しきれず、70年以上たった今でも記憶に染み付いているようです。
たしか前歌集で読んだのだと思いますが、男達を戦場へ送った辛い「万歳」など、簡単にやってくれるな、という歌があってどきんとしたのでありました。そういう激しい思いが、この新歌集にも滔々と流れています。
単純にして明らけきいのちなりピカソのゑがくはだかの女
退廃といふ不可思議の魅力など絵の女よりただよひいづる
女を凝視する眼も鋭い。
東さんは、たしか昭和四十二年の角川短歌賞次席となられ、その年に知り合ったのであります。
そして小生の作っていた「日本青年」に作品を寄せてくれました。その旧号が手許にありますが、下のような雑誌です。
4号、7号、8号の三冊が残っています。
7号8号は亜伊染徳美先生の絵で、あまりに良い絵なので小生の文庫判歌集『青き夜の歌』のカバーにも使いました。
下の見開きページは4号に掲載された東淳子作品です。(隣は「歩道」の後藤健治作品)
拡大すれば読めるかもしれませんが、若さの匂う力の籠る一連ですよ。
蜜蜂の羽音は杳き海鳴りを呼びさましつつ心ほどける
逢ひみてはガラスの層の輝きの真中におつる夢をむすびき
神話には理由などなし君ありて我ありて溢るるものをむさぼる
飛びこめば呑まるる海に向きあへるこの緊張に眼そらすな
時差もちて鳴るなかしみをききあはむただそれだけのこと許されぬ
部屋のうち片付けてより哭きしなど知らざらむ君を待ち尽したり
交差点のバックミラーにうつる時ピカソのモデルめきて我ゆく
こういう作品が読み取れる筈です。
情感ほとばしる一連で「知らざらむ君を待ち尽したり」の声調のインパクとは強烈で、いまだにはっきり覚えていました。
懐かしい作品群ですね。ここにもピカソの歌があって、東さんの本質は変わっていないと確信しました。
今日は、東さんの歌集と「日本青年」の話です。
昭和四十三年の超結社雑誌でした。
題字は木島茂夫です。
by t-ooyama | 2017-10-27 15:37 | Comments(0)