萩原千也さん歌集

先月寄贈を受けた『萩原千也歌集六』には、昨年一杯までの作品が収められているので、これで現時点での完成を意味するかと思う。
完成。それは、作者自身が存命中、というか、生きて作歌の現役でもあり、しかも大結社の幹部でありつづけつつ居る中で、みずから手作りでプリント〜製本〜発送までするような全歌集、現実とリアルに結びつく全歌集というのは他に類を見ず、同時進行型個人全歌集だと云うのが凄い。
発想も凄いし、力技が、専門の箪笥制作を飛び出し、出版作業までに及ぶパワーが凄いのである。
たぶん萩原さんのことだから、選歌などはしない、発表された作品をすべて収める全歌集なのだと思う。故に、その「六」は、現時点で完成してしまったと言えるものなのである。「七」以降は、さすがの萩原さんでも二三年先の事だろう。

その「一」は、2015年末の刊行であった。以後二年余りで六冊刊行した事になる。かなり急いで突っ走った感がする。
とにかく作歌同時進行の全歌集刊行の意図なので、取り敢えず「現在」まで追いついておかねばならない、という気魄が急がせたのだと思う。
素直に敬意を表したい。

その「一」には、あの素晴らしい歌集『木目』が全収録されている。
巻頭には写真まで載っていて、萩原さんの「二十歳」の若々しいお姿も見られる。懐かしい。
この写真とほぼ変らない二十代の日々に於いて、わたしは萩原さんと何度も会い歌の話をした。
大河原さんや大橋さんと一緒に会った浅草橋の歌会。
増島洋祐さんの家で行った「日本青年」記事の為の座談会の場。
そして「ポポオ」で行動を共にしていた時期の入間川の歌会、深谷の萩原さんご自宅への訪問。
など、いろいろ思い出す。
「一」より『木目』時代の歌、
   鉋とぐ冷たき水を嘆きつつも今日も一日はたらき終へぬ(昭和四十年)
   あたらしき仕事にかかるは楽しくて持てる鉋をみな研ぎあげぬ  同
   塗装する友の手は見るにいたいたし木材を扱ふわが手より荒れて  同
   小説ではすぐ恋人が出来ると言ひ友は嘆きぬ鉋研ぎつつ   同
箪笥職としての労働の歌である。
「六」より、これは昨年の作品、
   便利屋の従弟が仕事をもたらせり枠とセットのトイレのドアー  
   手の荒れの皹にならぬまでに癒え新年に向け庭木整枝す
   ヘルメットを着け命綱も装備せり六尺は高所と意識を変へて
   価値のある木などはあらぬ庭ながら植ゑある順に整枝してゆく
今も力強く現役で庭師のような仕事もこなす。
   
以後大河原さんらは「短歌21世紀」を創刊された。
萩原さんはそこに参加せず「新アララギ」へ参加した。
わたしは、本格的に「冬雷」へ軸足を置いて、いまはその発行所を受けている。
それぞれの道という所。

この萩原さんの全歌集については、いつかどこかでちゃんと紹介せねばならぬ、と思いつつ、なかなか出来ない。
簡単に済ませられなくなるのが解るので、取りかかり難いのだ。
とにかく、わが分身のように感じるその作品世界の一部には、読みながら涙がでる。
そうだよねって、思ってしまう。
もっと冷静にならねば、紹介なんて書けないのである。

今その六冊を積み上げて眺めているが、さすがに手作りなので、微妙にそのサイズや表紙の紙の色、本文用紙の色等も違っている。
格好は良くないが、これこそ手作りって感じは出ていると思った。
その姿だけでも、ここにアップしておきたい。

萩原さん、本当に完成お目出度うございます。
これからは、本当の意味で新境地へ踏み込まれるわけで、ご健詠を祈念します。

だけど、わたしの作業現場は汚らしいね。
整理が下手で恥ずかしい。

追伸  驚いた事に、先ほど萩原さんから電話が入った。さすがにこの書き込みを入れた後の事なので何だろうってなったが、なぜ君は「敏男」から「敏夫」に変えたのか? という質問だった。別に特に何かじゃなくて「戸籍にある本名に戻しただけですよ」って答えた。
お元気そうで、声はとても明るかった。全歌集を作り終えたところで、今度は今まで自分の作品が色々受けて来た批評について、本に纏めているのだと言う。こういう話も恐ろしい事だ。その場の流れで思わず言ってしまった事を、50年も経ってから見直そうとする人も居るのだ。よほど気をつけて発言しないとね・・・
という「追伸」でした。

  


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by t-ooyama | 2018-06-22 11:37 | Comments(0)

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