飯島由利子氏「あかね」を創刊する
つまだちてエレベーターのボタン押す児は木の家を恋しいといふ(吉田修子)
子育てを終へたるをみなの年忘れオヤヂ育ての話のつきず(同)
コントラバスの音色深しも静かなる十五歳の憂鬱ふるはせながら(近藤井美子)
手のひらに重さをはかる無花果のはつきりとせぬ甘さを好む(同)
花の咲く庭のにぎはひ今はなく高齢化の町色の失せたり(遠藤碧)
ひと月を咳き込みつづくこの冬は冬眠のごとただ縮こまる(同)
わたしたち濃厚接触よねなどとダンスなしつつ感染ばなし(長谷川良子)
素話を聞きゐる子らは想像の世界にいつしか入りてゆくらし(北澤美枝)
泣きやまぬ弟あやす姉四歳ひとつぶひとつぶボーロ含ます(同)
やはり長いキャリアを感ずる基本のしっかりした作品ばかり、そして何か弾むものを含むパワーも秘めている。
これだけの歌がずらっと並ぶ誌面を持つ短歌雑誌は読み応え十分である。
新しい「場」を求める気持はきちんと伝わってくる。
飯島さんの歌は、
鶏のこゑにたちまち朝の気の陰より陽へ移りゆくらし(飯島由利子)
絵のやうな伏せ籠に餌食みてゐし鶏ほろりと卵落としたり
農夫より今朝一番に産みたるといただく卵の透きてぬくとし
鶏の朝明のこゑの厭はれて陽の気みたぬ世となりゆかむ
寝ね際につくりやりたる玉子酒 肝病む夫のはかなく酔ひぬ
鶏(くたかけ)の一連。古事記の世界から転じて、現実の鶏へと導くのだが、中にはご病気のご主人のご様子も歌われ、幻のモヤっとしたものから、次第にはっきりした世界へ移ってゆく過程が興味深く読める。
「あかね」の発展を祈りつつ、その美しい表紙をご覧いただく事にしたい。

by t-ooyama | 2020-04-18 23:44 | Comments(0)