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飯島由利子氏と話す

昨夜思いがけない流れで飯島氏とお話した。
氏は団塊世代の同志だが、小生より一つ下のようである。
「水門」の大きな記念行事の受付に立っておられたのが最初にお会いした時である。
こんな活発な若手がいるんだとなあと感じた。
その後、氏の歌集の批評会があって、川又さんに誘われて出た。
その後は、島木赤彦記念館でお会いしたかもしれない。ここは記憶曖昧、すみません。
いつもしっかりと行動する方だという印象である。

松坂弘氏主宰の「炸」へ参加されたのは、まだ「水門」に籍を置いていた時だと話された。
その数年後に廃刊になるのだが、お話では、「水門」終刊号等の最後の責任者が飯島氏だったそうだ。
そういう仕事をしたことがないが、とても神経を使う細かく大胆な決め事を的確に判断せねばならぬものだとは解る。
そして所属した「炸」も去年暮れに幕を閉じたと言う。
「関係したふたつの結社誌が無くなってしまい・・・」
という言葉は印象深く響いてきた。

飯島氏は島木赤彦の流れをくむ新井章先生の秘蔵っ子だったようである。
その新井先生を「〇○」のように熱く敬慕されたのが川又さんであった。
このお二方は同門ということになる。いや広い意味ではライバルかも。

いずれにしても小誌とは関係薄からぬ歌人だということは変わらない。
先にご紹介させて頂いた「あかね」の創刊。
いよいよご自身の思うままに活動できるホームグランドが出来たと思えば良いのだろう。
これからが真の頑張りどころかと思う。

その出帆を心より祝福すると申し上げたい。

by t-ooyama | 2020-04-28 10:39 | Comments(0)

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