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岡井隆先生を悼む

七月十日12時26分、心不全で岡井隆先生が逝去された。九十二歳であった。
ご病気がちであったことは「未来」誌上でも存じていたが、作品には張りがあって、まだまだお元気だと思っていた。
心より御冥福をお祈り致します。

岡井先生には殊の外お世話になった。
初めてお会いしたのは二十歳の時だった。わたしの第一歌集『春』を読んで下さり、高い評価をして頂いた。一度遊びに来たまえ、と言われてお尋ねしたような気がする。君を「短歌」編集部に推挙しておいたからね。とも伺った。
当時の「短歌」は片山貞美氏が編集されていた。そこに出す作品を一度見て貰う事になり、東小金井のご自宅を訪ねた。
駅がここで、ここをこう通って、小さな竹群がある所だよ、と丁寧な地図も書いて下さった。
わたしが選歌、添削を受けたのは、冬雷の木島先生以外では、この時代の岡井隆先生だけである。
片山君にアドバイスしておいたからって、伝えとくね。
とおっしゃって、短パン姿の岡井先生は若々しく格好良かった。
その時の作品は「掌上の歌14首」であり、第二歌集『階段の上』に収めている。

その後、幾度となくご自宅を訪問することになった。
ある時は書棚から寺山修司の『空には本』、平井弘の『顔をあげる』などの歌集をお借りすることもした。
その書斎で、村木道彦氏や三枝浩樹氏や春日井建氏の話なども伺った。
またある時は、ちょうど「未来」の編集の日で、大島史洋氏にもお会いすることがあった。
吉田漱氏や我妻泰氏なども紹介して下さった。
また、ある時は、墨東地区五区共同の短歌大会の講師を依頼して、わたしが会場までお連れする役を仰せつかったりした。
国電を使って東小金井から江戸川区まで行く道のりは楽しかった。ずっといろいろなお話を伺った。
あれこれ、懐かしいことがいっぱいである。

「日本青年」用に頂いた生原稿は今も保持している。
いくつかの歌集には特別に署名も頂いている。特徴のある滑らかな、そしてシャープな筆跡であった。
あの岡井先生がもういらっしゃらないのだと思うと、何か力が抜けてくるのを感じる。
本当にお世話になりました。有難うございました。
一つの時代が、過ぎてゆくのを実感する。
当時二十歳のわたしも、今は七十二である。半世紀と言うことだ。
わたしも随分と長い間、歌壇という世界の中を生きてきたものだ。

いずれ詳しく岡井短歌について、考えてみたいと願っている。

合掌


by t-ooyama | 2020-07-19 00:02 | Comments(0)

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