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狂歌師、元杢網

戦国時代の武将筒井順昭が病死した時、死を隠すために、その子が成人するまで、声の似ていた木阿弥という男を寝所に寝かせ外来者を欺き、成人するや順昭の喪を公表したため、木阿弥は再び元の身分に戻ったという故事から「元の木阿弥」という語が生まれた。その故事を自ら名乗る「元杢網」なる人物の歌碑が川越市内連雀町の熊野神社境内に立っている。

  山ざくら咲けば白雲散れば雪

    花見てくらす春ぞすくなき  落栗庵元杢網

というもの。「せっかく花が咲いても、すぐに曇って雲に覆われ、すぐに散って寒の戻りの雪も降る。本当に花を見てのどかに暮らす春って少ないよねえ。」というような意味で、誰にでもよくわかる内容である。

歌碑と言ってもこれは狂歌と言われるジャンルの作品で、杢網は天明狂歌の大家で、江戸で活躍していた。

妻も知恵内子(ちえのないこ)を名乗る狂歌師である。どうも妻の実家が川越で、この地にゆかりがあったようである。

  あせ水をながして習ふ剣術の

やくにもたたぬ御代ぞめでたき

  盃の手もとへよるの雪の酒

つもるつもるといひながらのむ

著書として「浜のきさご」(狂歌作法書)、「新古今狂歌歌集」等があり、「国学の素養が深く、平明な言葉を選んだ作品で今も新鮮で理解しやすい」と高い評価を受けている。確かに難解というものはない。狂歌というイメージで見なければ、現代でも、こういう傾向の短歌を作る人がいる気がする。生地の比企郡嵐山町には墓もあるが、そこには辞世の一首が刻まれているそうだ。

  あな涼し浮世のあかをぬぎすてて

       西へ行く身は元のもくあみ

これもなかなか風情があり、ゆうゆう感で垢抜けている。ちなみに妻知恵内子の作品も優れているので一首を紹介したい。

  通りますと岩戸の関のこなたより

       春へふみ出すけさの日の足

狂歌というものに親しんでは来なかったが、川柳というのは知らず知らずのうちに読む機会が多い。あのベストセラーになった「サラリーマン川柳」などは、職場で印刷していたこともあってほとんど読んでいる。川柳も高い教養と機転がきかねば成らないジャンルかと思うが、狂歌よりも川柳っぽい短歌作品というのは多い。亡くなった会員の荒木隆一氏は川柳も達人だった方で、時々川柳調になることがあった。

思うに川柳の特徴は結句にあって、先ず終止形をもって終わらないのである。つまり言い切らない終わり方。その終わり方から、微妙な余韻を生み、読者にその後を考えさせるのであろう。結句が終止形を取らないと、次から次へと「その後」が生まれてきて、俗にいうシリトリ風の連作となる。

短歌の定石は、結句を終止形にしてピシリと決めることである。


by t-ooyama | 2020-10-12 13:53 | Comments(0)

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