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「短歌21世紀」復刊第一号について

この五月号より突如「休刊宣言」がなされ、半年間刊行されなかった「短歌21世紀」(大河原惇行氏発行人)の復刊第1号を読ませて頂いた。さる6月25日付の信書で復刊予定を知ったが、ほぼ四ヶ月の準備期間を設けて、実行されたことになる。まずは新出発につきなみだけどエールを送りたい。
6月の信書には、「新型コロナウイルスによる大きな時代のうねりにある中、これを好機と考え、私たちの短歌も新しい時代の波の中で、新しい価値観を発信するもにしたい」という復刊意図が示されていた。
今回の復刊第1号には、編集長の間瀬敬氏の「新しい時代の価値観を発信するものへと変わりたい」との言葉が挙げられている。
復刊第1号は、表紙4色刷り。本文ページ数92。何より変わったのは作品欄の活字の大型化であろう。
1ページ17行どりの一段組となって、小誌の20行組よりも少ないレイアウトである。
文章欄の活字も一回り大きくなって、ゆったり感が出ている。
これは今の時代の主流になりつつある傾向で、思い切った改革であったろうと考える。
作品欄活字の大型化は、小誌に於いては重要な改革案件で、段階的に十年くらい掛けて今のサイズへ定着した歴史がある。当時では珍しかったこの大型活字サイズの作品欄も、今は多くの結社誌が取り入れるようになってきた。
その作品欄を先ずは見てみよう。

ただ日々に文字を心に繋ぎつつあらむ友らの生き方も又(大河原惇行)
としどしの夜ごとの花火の音もなく過ぎゆく夏か心しづかに(間瀬敬)
わたくしに出来るだらうかいや出来る空あをくして光ひたひに(杉本明子)
興津の友来むとの知らせああ楽し遠くに友があることも又(伊藤光冨久)
まだ先が見えてこないと君は言ふ今日はここまでと筆置きし時(桜井敏幸)

巻頭の作品欄の各氏最初の歌である。
皆よく分かるし、それぞれの覚悟や生活の一端が現れている。
それは認めながら、では復刊の覚悟で述べられている「新しい時代の価値観を発信する」ということ、「新型コロナウイルスにより大きな時代のうねりのある中、これを好機と考え」ての言葉をしっかりと踏まえての「新しい価値観の短歌」であるか、と思うと、そういう特別な主張までは読み取れないのである。各氏の今までの作品傾向とあまり変わっていない気がする。まあ一人の作家が長年積み上げてきた短歌というものが、そう簡単に激変など起こり難いとは普通に思う。でも、それを敢えて謳って復刊するのであれば、少なくとも第1号だけでも、大きく打ち出して、全会員に、その復刊の覚悟に沿うような作品を「作れ」と指示を出すくらいのことをして当たり前とわたしなどは考えるのだが、どうだろうか。
巻頭欄掲載の中心の方々の作品がそうなのだから、以降の一般会員の方々の作品も推して知るべしである。
こういう復刊第1号で、本当に大丈夫なのか、少し不安になる。
大河原、間瀬両氏の復刊の覚悟とは違うが「巻頭言 新時代の決意」というのもあり、小川優子氏が述べている、

・・・若い人たちの間で軽い短歌ブームが起きていて、個人主催の新しい大会やウェブ上の不特定メンバーによる歌会が盛んである。一見喜ばしいが、憂うべきは、初心者が手本にしているものが「短歌」というにはあまりにも源泉と異なるコピーライトだということである。・・・それらが「短歌」という名を名乗ってアメーバのように侵食すれば、万葉から続くような「普遍的な言葉」の誕生は今後望めない。・・・「人の心を種とし」た歌の文化の消失は何としても食い止めるべく、私たちは運動しなくてはならない・・・

これは又、一つの覚悟であり正論かと思う。小川氏は、「短歌21世紀」でのホームページ担当のようで、言わばデジタルに強い方と思われる。そういう方のデジタル肯定派の目からも、ネットでの短歌の状況は目を覆いたくなるものなのか、驚くのだが、この小川氏の作品には、主張と通ずる歌が並んでいた。

真夜に呑むキーの乾ける音いくつ誰に伝へむ思ひなるべし
ここよりは手に戻すべきいくつこと知りて頼もしコロナ元年
やや狂ふ日常もちて三月なり目覚めて黒き太陽を見る
曇りには曇りのこころ放ち得ぬ物を湛へて斑にひかる

とにかく無事復刊の「短歌21世紀」の今後には期待を持って注視して行かねばならない。
復刊後のことは、隔月刊行になるようである。
ちなみに第1号の出詠者数は110名ほどであった。
最新版の「短歌研究・短歌年鑑」によると、「短歌21世紀」の会員数は200名とあった。この数で新年を迎えたのに、コロナ禍による休刊半年を経て110名ほどの出詠というのは激減と思われる。どうしてなのか、精査する必要はあろうが、会員の多くは高齢者というのは何処も同じと思うと、半年の休刊によって作歌意欲衰退のダメージを受けた方も多かろうと推察できる。歌作りというのは、何が何でも毎月一定数の歌を作り、それを発表し、その反応などを読みながら、刺激を受けつつ生きているのである。刺激がなくなれば、意欲衰退は自ずから起ってくる。今後どれだけ出詠者の復活がなされるかが、鍵となろう。
それと同時に、この大型活字作品欄を継続してゆくとなると、仮に200名の出詠者に戻ったとしたら、今度は雑誌のページ数が倍増に近くなる計算になる。それも又、大変な費用増で、新たなハードルとして、考えておかねばならないのであろう。

短歌雑誌の運営、刊行って、本当に気のゆるむ時がないのだと思う。

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by t-ooyama | 2020-11-04 10:45 | Comments(0)

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