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在庫無し

少しずつ受取ったという返信が届いているが『作品年鑑 + 合同歌集』 は完全に在庫無し、となった。
印刷所より着いて来る製品予備の方も使い尽くし、手元には、製品不良などによる交換に備えた5部を残すのみ。
申しわけないけれども、今後の申込みや、見本希望には応じられない。

ご寄贈させて頂いた方の御礼のお便りの中には、これを毎年なんて大変ですね、というのもあったが、別にそういうことに「大変さ」は感じない。
きちんとした成果が見えるものは、大変さより喜びの方が多い。正直言って「きついな」という時もあったが、そういう時は、休んで体調の良い日に行うと言う事で処理する。このスタンスは、月々の「選歌」に於いても度々ある事で、特別な「大変さ」という訳ではない。
「大変さ」を覚えるとしたら、ここに参加される方が、年会費と別に参加費用を出さねばならないという現実である。年会費の中で刊行するなら誰も不満はなかろうが、別に納める費用が発生する企画には、それなりのご意見が夫々にはあるだろうとは考える。
こういう生き難い世の中に居て、出費は誰も控えたいだろう。

次の時からは、真に希望される方のみから参加を募る方へ舵を切りたい。
今回の118名からは、数が減る事になったとしても、すべての方が、希望されて参加したのだという事が明確なら、また違ったものに繋がるだろう。
今年は、初めての刊行なので、出来るだけ多くの参加が望ましいと考え、やや強めに参加をうながした点を否定出来ない。
一点、こころにかかるところであった。

今後は、参加された皆様から戻って来る「はがき」の纏めがある。
何方の作品が「互選賞」になるのか。
そして、さらに第一回『冬雷賞』もこの中から選出される。
こちらも楽しみである。

大会での、その表彰もある。
また、誌上での特集も考えている。

雑誌の編集作業も企画も、いつも「連続放送劇」のように繋がってゆく。

大型の新企画、在庫無し御礼のご報告である。

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by t-ooyama | 2018-07-29 11:57 | Comments(0)

滅茶苦茶だ

激動が過ぎて、ほんの少しのダラダラ時間のなか、妄想に遊んだり、昼寝したり、ある意味無為の時。
そうもしておれぬと頂いている歌集をひらき、礼状でも書かねばと老身を鞭打つ。

じゃ、これでも。と一冊の封を切る。
ざざざと目を通す。
バリューはかなりの方なので、いい歌が目白押しかと思っていたが、愕然とする。
なんだろう、これは。
滅茶苦茶だ。
過去回想の助動詞連体形「し」がみな「×」なのだ。
この助動詞は、終止形の「き」を間違う方はほぼ居ないのに、なぜ連体形は「×」が多いのだろう。
所謂「慣用としての」使い方がハバをきかせて、すっかり本来の使命を帯びて使われていないのが「し」にとっても辛い事だろう。
「し」がやたらに多用されるので、やけに目に付くが、みな「×」ばかり。
いったいこの方は、本来の過去回想を詠う時に、どのような助動詞にお世話になるのだろうか。
わたしの識る限りでは、過去回想を助ける品詞は「き・し・しか」意外には殆ど無いのが文語なのだ。
その重要な助動詞を、なぜ歌人は粗末にあつかうのか。
現在完了をあらわす語は幾らでもある。場合によっては口語の「た」を使ったって、文語口語の混合になったって、場違いの「し」を使うよりましだと思う。「澄みし空」は、かつて澄んでいたことのある、あの日の空を言うのだ。いま、目の前の空ではない。
さっきからずっとページを繰っているが、ついに一首も佳品を拾えない。
つまらない、内容の無い、そんな歌である筈が無いのに、これだけ場違いの「し」を見せられると、落胆する。
やめた。
わたしは、礼状を書く事を中止した。
また、別の日の、体調の良い日にしよう。
今日はきっと、どこか躰の調子が悪いんだろう。
こんな日に、大事な歌集の礼状を書くのは良くない、と決断した。

冬雷のみなさま。
過去回想の助動詞「し」については、いま連載中の「今月のしとたる」を御覧あれ。
創設者も、多くの先輩たちも、必死に論じ、大切にして来た「し」である。
襟を正して使うべきだ。

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by t-ooyama | 2018-07-26 11:04 | Comments(0)

涙が出るほど

既報のように、先ほどクロネコさんが八月号の荷を運んでくれた。
発行所のドア付近は、すっかり片付いていつもの様子となった。

それにしてもクロネコ便というのは速い。
すでに本を手にしたという連絡がどんどん届く。茨城だ、高知だというところから、翌日に着いちゃうのだ。
ボクたちは、昨日も書いたように、すっかりホッとして「かんぱーい」状況だったが、翌日となってそれを手にしたと仰有る会員の方々が、

本当に驚き、撫でながら涙が出て来ました。

と一様に言われるのには、さすがに想定以上で、嬉しかった。これは社交辞令じゃない本音だ。会員の皆様は、ここまで冬雷を愛して下さるのか。
こうした会員の精神に護られた冬雷は、今後も楽しみだ。
汗塗れで発送し、夜も寝ないで校正し、睡魔と闘いながら組版し、千里の道も一歩からだと自身を励まし、必死でテキスト作りに没頭したボク等が(ちょっと順番が逆になったが)涙を堪えるのは解らぬでもないが、一般の会員の方々のこうした声には、何だがまたまた胸が熱くなるのだ。

喜んで下さった皆様の声が、年齢を重ねて涙もろくなったボクを急き立てて、この文を書かせてしまった。
という編集室です。

みなさまも、このホームページに、どんどん感想を書き込んでください。


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by t-ooyama | 2018-07-22 19:23 | Comments(1)

一杯飲んでしまった

今日も凄まじい暑さ。日向に出ると汗ばむ肌に太陽光が突きささるようで痛い。
そんななか、冬雷の三女流が来てくれて、大発送の幕が上がった。
何しろ、すごい量の本の山。事務局が用意してくれた封筒へ次ぎから次へ入れまくる。大切な互選投票用の葉書も忘れないように、気がついて下さるように配慮した封筒である。葉書の入った封筒には、赤字で記してある。どうぞご注意を。
おひとりに最小ふたつの封筒物が届くことになる。多い人では4通の封筒だから、驚かないようにお願いだ。五部以上は宅急便とした。最大12部を入れたのもあった。宅急便扱いだけでも10通になる。
いや、まったく凄い仕事となった。皆さん、一言の無駄口無くひたすら、ひたぶるに、封筒詰めをした。お疲れさま。
クロネコさんに托す荷物はどんどん溜まり「もうそれ以上置かないで。床が抜けちゃうよ」というレベルである。
 
『年鑑 + 合同歌集』の方がやっと済んだのは午後四時近く。そこでクロネコさんに電話して集荷を依頼する。
その後、今度は今朝九時半に届いた「冬雷」八月号の発送に取りかかる。
たぶん、あるかもって気を効かせて事務局が八月号用の封筒も用意してくれていた。有難う。助かった。
大仕事が済んだような一息感から、ここからは雑談、井戸端風となって行う。
でも、それもまた手の休むことにはならず、順調に捗る。
大仕事の方の大変さに比較すれば、グンと楽な仕事となっていた。
ああ楽しい、って雰囲気。

八月号の発送準備はあっという間という感じで進む。
みんな終った。
が、クロネコさんはまだ来ない。

じゃ、お茶でも、ということになり、みなさんと飲む。
到来物の山梨の桃をみなさんと、たべる。
まだ来ない。
じゃ、酒でも、ということになり、到来物のビールをあける。
というところで、クロネコさんんが来る。

いやあ、すごい暑さの中を汗びっしょりの担当の若い方。
そんな中を、こんなすごい量の集荷物を持って行ってもらうのは気がひけるほどだ。
台車に乗せて往復四度目で最後となった。本当にお疲れさま。有難う。
だが、もう車のスペースが無いとのことで、冬雷八月号の発送の方は明日に延期した。

まあ、一度に余り多くのDM便着じゃ、受取る側もビックリだろうと思えば、良い延期だ。
受取る側は、連日の着便となる。
すっかり身軽くなった発行所は、何だかホッとする。
気が緩んだ。

じゃさ、俺もイッパイ飲もうかなってなった。
さらにビールの栓を抜く。

かんぱーい。

川又さん発行所の時代は、発送後に

熱燗二本に鍋焼きうどん。

だったかな。
川越時代に入り、そういう余裕がいままで持てなかった。
ボクが運転して駅迄送る事が優先していたからだ。
でも、今日ばかりは、飲む事を赦されよ。
だって、こんな大変な仕事をやり遂げて、やっとこさ一段落なのだ。
神様だって、カミサンだって、きっと解ってくれる、という心境。

実に旨いイッパイだった。

そして18時30分頃に、お願いしたタクシーが来る。
みなさんをお送りしようとドアを開けて外に出る。
外はまだまだ凄まじい暑さである。

冬雷発行所の暑い一日は、かくて終ろうとしている。
という報告です。






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by t-ooyama | 2018-07-21 19:13 | Comments(0)

歌集のすすめ

日ごろから目標を持って作歌するのが良いと言って来た。自身もそうしてきたからである。
師匠から、君は十代のうちに処女歌集を出せと申し渡された。えって驚いたけど頑張って、形だけのものだけど実現した。
直後に次の目標を立てた。三年後に第二歌集を出す。第一歌集刊行後に、環境が激変し、井の中の蛙状態だったのが、歌壇という世界を知った。
わたしの第一歌集は大きなインパクととなって歌壇に響いたようで、多くの歌人からお言葉を賜った。
中でも岡井隆氏からのものが最大級であった。以後わたしは、ひそかに、と言うか、流れで幾度か東小金井の岡井邸へ行き、作品のアドバイスを、添削も含めて頂いた。わたしが直接添削を受けたのは、木島茂夫先生の他は、この時の岡井隆氏のみである。
わたしが岡井氏を、木島茂夫以外で「先生」と呼べるのは岡井隆であるという所以である。
だが、そういう環境激変は、良い影響ばかりあった訳じゃなく、あまりに違う環境に、自身の作歌フォームが乱れてしまい、歌が著しく乱調化した。
発表数が激変した。苦しい時期であった。
そうして作ったのが第二歌集『階段の上』である。三年後であった。
この本はぜひ岡井隆氏にも見てもらいたいと思い、急いで寄贈したが、すでにその時は、岡井氏はあの評判にもなった蒸発状態になっていた。
当然届かず、楽しみにしていた感想は戻らなかった。
岡井先生(と呼ばせてもらいます)は、きっとこの時のことなどはお忘れで、記憶があったとしてもほんの少々かもしれない。
第二歌集以後は具体的な目標を立てることをしなくなった。

また、ヘンな話に脱線した。
作歌を頑張るには具体的な目標設定が効果的だという話であった。
いま、わたしのこの言葉に反応して意欲を示す方が三名いらっしゃる。
そのお手伝いをするのが代表の通常役割なので、ちょっと一日ほど時間を作り、原稿の元を作る作業をした。
例のコピーペーストの繰返しである。
明日皆様のもとへ発送する『冬雷二〇一七 作品年鑑』は、こうした時に極力苦労しないでデータを引き出せる資料を作るのが第二のテーマで制作された合同歌集なのである。十年も継続すれば、その有難さが身に沁みるに違いないが、即効果は望めない。
毎年半年ごとに整理してCDに焼いてあるデータを入れて出して、入れては出して、当該会員の作品箇所を探してコピーペーストするのである。
この作業は単純だけど、とても疲れる。今回は三人分を一緒にやっているので、一人のものをやるのよりは効率が良いと思い、自身を励まして行った。

一日じゃ出来る量でなく、小休止である。

でも面白いのは、こうした作業の中で、ちょっと目に触れて来る自身の作品には思わず読みふけることがしばしばであった。
結構面白い歌を作っているなあ、なんて思った。
七年前の病気と手術によって、わたしの歌は何やら劣化した。
最近やや立ち直りつつあるが、全く駄目な作品に墜落したように感じることが多かった。

でも病気以前のものは全く違う。
非常に張りのある、意欲満々のこころに満ちていた。
真に、瞬間的だが、新歌集を作ってみても良いな、と考えた。
作るとすれば『呑舞』以後から2010年までの期間となる。
会員の方の大事な歌集の刊行の為の作業をしながら、自分の歌集のことを考えているのは失礼なことである。すみません。

という、とりとめもない話で、今日はお終い。
近々、会員の方の新歌集が間違いなく三冊は出る筈だ。
歌集を作るぞという、目標を立てて作歌するのは、成果へ結びつきやすい手頃なものである。

皆様も、ぜひご自身の目標を。

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by t-ooyama | 2018-07-20 10:34 | Comments(0)

拡張子が「dat」の文書の扱い

小誌はおおむね三分の一がWordやExcelによるメール添付文書による原稿である。
こういうデジタル文書には「doc」や「docx」の拡張子が付いて来る。これは二つともWord文書である事を意味する。
写真でも「tiff」だ「jpeg」だという拡張子が必ず付く。たとえばこのブログにアップしようとする画像は「jpeg」だという約束がある。
画像は別として、文書の場合、添付されたものを開かねば中を読めないが、時々「dat」の付いた文書を着信する時がある。毎月二通ほどはある。
この場合、どのようにしても開く事が出来ない。
これは発信元では「docやdocx」で設定して送信しているので、本人には「dat」になった認識が無いのである。どうも、Outlookを使ってのメールにこのトラブルが多いらしい。原因は不明である。
小生などはニフティーのwabメールを使っているので、こういうトラブルは発生しない筈である。
以前、こうした時には発信元へ連絡して、再度送信してもらったり、それでも変らない時は、添付じゃなくて、メールの本文に貼付けてもらったりした。
本文貼り付けなら必ず読む事が出来るので、大きな文書じゃなければこれで十分である。

いろいろ調べていたら、いい方法が見つかった。
この「dat」文書を、そのまま別のアドレス(YahooとかGoogleでのアドレスを取得して)へ転送する。
そうすると何故か「dat」が通常の「docやdocx」に変化して、開くようになるのだ。
これで解消して、今はストレスが減った。
一旦転送して、それから開くという手間は掛かるが、どうしても開かないという悩みは無い。

皆様も、こうしたケースは試してみたら良いかと思う。

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by t-ooyama | 2018-07-19 07:51 | Comments(0)

豪雨の大災害のお見舞いです

このたびの集中豪雨の大災害は、極めて被災範囲がひろく、ほぼ全国規模です。
関東の小生の住む辺りは何もありませんでしたが、小誌会員は全国的にお住いで、この災害に見舞われている地域にもいらっしゃいます。
被害の伝わった直後に、高知の松中さんのところへご連絡し、その状況を伺いました。
広島の藤田さんの地域も被害の凄まじいと伝わる所で、ご連絡しお見舞いを伝えました。
その他、九州方面にも気がかりの所にはご連絡致しました。
みな厳しい状況の中で、お身内の方が、運転中に巻き込まれ間一髪で助かった、というような話も伺いました。
みな運良く大被災を免れたというお話で、ちょっとだけほっとしました。
でも被災地では、大打撃を受けられた方がたくさんいらして、
死者行方不明者の多く出ている現状は、心の痛む所であります。
みなさま、どうぞご無事で、この凄まじい暑さの中も、乗り越えて頂きたいものと祈っています。

小誌会員の方が、全国的にいらっしゃるのは書きましたが、考えてみると、直接に被災地にお住いじゃなくとも、その古里とか、ご実家とか、
近しい方がお住いとかの事情も加えると、相当数の会員の皆様が、この大豪雨災害の被災関係者であるということでもあります。
そういう皆様には、さぞご心配の日々であろうと、改めてお見舞い申し上げます。

今月は締切日をすぎて17日ですが、原稿未着の方が少なくありません。
もしかしたら、この集中豪雨大災害に関係あっての未着かもしれません。
さきほども、西谷さんから、古里の宇和島が大変な事になっていて、落着かずついつい投稿がおくれたが、今日投稿したとの連絡がありました。
明日にでも着くでしょうから、お待ちすると申上げました。
こうした大変な状況の中でも、投稿を思い出してくださったことを大切に致します。
ご心配の事でしょうね。どうぞみなご無事でありますように。

皆様に、こころより、お見舞い申上げます。

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by t-ooyama | 2018-07-17 16:45 | Comments(0)

少しお待ち下さい

何しろ予定より早い出来で、事務局の方の発送準備が追いつかない状況です。
発送前には、封筒作りがあります。クロネコさんのバーコードシールを貼って、宛名のシールをプリントして貼る。それを発行所のわたしの所へ宅急便で届ける、という工程があります。今回はレギュラーの月一回の雑誌発送の間の臨時の発送なので、忙しさは察せられます。
どういう分類で送るか? という判断もあります。予算との関連で、無駄な出費は避けたいので、できるだけクロネコさんの便を使いたいという希望もあります。すこし格好わるいけど、お一人四部まではメール便の複数発送にする予定です。
五部の方は、レターパック便でのお届け。それ以上の部数は、宅急便扱いが良いと思っています。
そういう分類発送をするまでに一週間くらいかかると思って下さい。

このブログなどを御覧の皆様から、早く見たいという声が届きます。
素晴らしい。さすが冬雷の底力。という声も嬉しいです。
表紙絵の「桜」が本当に綺麗です。上野の夕暮れの緑の空が美しいですよ。

本は400頁にもなる厚さですが、用紙も最適で柔らかく、眼にも優しい上質紙です。
冬雷は製本も限りなく「糸かがり」に近い「網代綴じ」の本格的なもので、見開きで読む場合のぴたっと開きノド一杯まで読めるところが楽です。
ちょっと硬い用紙や、通常の「無線綴じ」だと、なかなかこんなふうに開き切ってくれないので読みながら苛つくことがありますから、ローヤルさんの製本技術・設備には感謝です。
印刷所のローヤル企画さんは、出版印刷業界のトップレベルの会社なので、そういう会社での印刷製本は誇りです。
さあ、もう少しです。
どうぞお楽しみに。

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by t-ooyama | 2018-07-14 08:10 | Comments(0)

本日出来

ローヤル企画様のお骨折りで、予定より早く『冬雷二〇一七 作品年鑑+自選合同歌集』が納品されました。
本文400頁の冊子なのでとても嵩ばり、狭い六畳は埋っちゃいました。
下に写真を入れますが、いま何故か、このブログの写真一切が消えている状況なので、たぶん見られる事が出来ないでしょう。
でも、解消すれば見られる筈なのでアップします。
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本文用紙を白系の上質紙を選択したので、種類が多く、相応しいものを選ぶ事が出来て、かなり本の束(厚み)が縮められました。
これなら送本時に楽で助かります。
担当の皆様と相談して、発送のタイミングを考えます。
これから封筒の準備、差しこむ葉書の準備などがあり、一週間後の発送となりそうです。
だと、翌週辺りが八月号の発送ですね。忙しい。

表紙は艶だしのPP加工をして、表紙用紙は最上等を選びましたので厚くしっかりして、桜の花も光り輝いています。
嶋田画伯のすばらしい「桜」の花のピンクが力強く圧倒されますよ。
表紙裏は、桜にちなみ、うっすらの桃色。中に小さく「桜」の画を入れました。
いやはや、手にしてぐっと充実感の湧いて来る出来ばえ。良いですよ。
どうぞお待ち下さい。
下に、あとがきとして記した小生の文を転載します。
これは第一号です。
まさに始まりです。

  あとがき ……………  大山敏夫

 『冬雷二〇一七 作品年鑑+自選合同歌集』をお届けします。これは究極の

合同歌集とも言えるもので、一年間「冬雷」に掲載された全作品をこの一冊に

収めております。毎年こうして掲載全作品を纏めた「作品年鑑」を制作し、資

料として完全保管し、会員の皆様の二次利用三次利用等の希望に対応しようと

思います。そういう能力確保も編集部の務めと認識し、その第一号の刊行です。

 小誌が経費削減と編集的特性を出す目的から、印刷用データを内製化してか

ら十三年目で、かなりのデータが蓄積しておりますが、現実は、いざその活用

時に結構難儀する有様です。もっと見易い使い易いデータ化が必須とは思って

も、それを作るには時間も費用もかかります。そこで、費用を皆様から助けて

頂き、その代りに、皆様の一年間の全作品を美しく纏めあげましょうという提

案からの出発でした。ここに御出詠の一一八名の皆様、ご賛同頂き感謝です。

 第Ⅰ部として「自選合同歌集26首」を大型活字で組み上げ、第Ⅱ部として、

自選に漏れた他の全作品を小型活字で作者別に掲載しました。これだけでも大

ボリュームですが、掲載全作品という視野に立てば、月月発表された特別作品

「今月の30首」もすべて収録するべきです。そして更に「年鑑」性を考えれば、

それら作品を対象とする解説文のようなものも必要だと思い、編集委員で分担

しました。どうでしょうか。かなり詰め込みの目立つものとはなりましたが、

全力投球の誠意は感じ取って頂けるかと考えます。

 継続刊行が真の目的達成です。今回行き届かぬ所は、今後に解消して参りま

す。編集部は既に来年に備えて、着々と準備を進めております。

             平成三十年六月吉日  藤間の短歌工房に記す



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by t-ooyama | 2018-07-13 10:59 | Comments(1)

例会の話

この二か月の例会情報は司会を務める中島千加子より発信されている。
いつもレポートを書いていた高田さんが欠席中だからだが、この二か月は参加者の顔ぶれに変化が見え始めている。当然進行展開の中身にも変化が生まれた。良い意味でいろいろな意見が活発に出て来る勉強の場的雰囲気が増して来た。
六月の新参加は新井光雄さん。この方は入会間のないとは言え、作歌経験はすでに積んでいらっしゃる。伺うとどちらかで道浦母都子氏に手ほどきを受けたそうである。でも「未来」へは行かずに小誌を選択されて入会された。
まだ打ち解けてお話しする機会が無いけど、その背景なども興味あるひとつである。この方は某大新聞に時折「コラム」を担当するほどの論客なのだが、お見受けするととてもシャイな紳士で、出しゃばって話される方ではないようだ。今後は司会が上手にそのもてるすべてを引き出してくれるだろう。

七月の例会には、新入会の旧「高嶺」幹部の皆様が揃って初参加。
これは圧巻であった。華やかな女流陣を率いる黒一点の稲田正康氏が、如何にも「高嶺」の人だと思わせる発言を展開された。稲田氏は、「高嶺」に於ける母子二代に渡る生粋の「高嶺人」なのだ。発言いちいちもっともと伺った。
華やかな女流陣も皆様積極的。そしてその作品もかなり躍動的であった。

たたたたたたたたたたつとをさなめの走る音して朝やぶけたり   佐藤靖子

われの影ゼブラゾーンに入りたればはみ出でぬやう丹田を締む   同

焼売の肉を包むに唇がそのつどつぼむを意識してをり       同

泡立てネットに立ちたる泡を身にまとひしばし泡雪姫となりたり  鈴木計子

雪道を画面を見つつ歩みくるかやうな輩は転ぶがよろし      同

ジャンパーの脇に小さき手の見えて幼が爺に抱かれてをり     同



こういう作品が注目された。
「高嶺」に培った写実的伝統的文法等厳格の空気の中で育った技術。その、ぎりぎりのところでの圏外脱出願望、挑戦意識を漲らせる姿勢が垣間みられた。
昭和という時代。敗戦から立ち直ろうとして頑張った先輩たちが集って結成して拠り所とした「高嶺」や「冬雷」であった。
比較的価値観が似た部分があって古くから交流があった二誌であるが、まさか合体して作歌活動に入る事になると、誰が予想したろう。
驚きの連続であるが、すべて受け入れて流れに任せる。どういうふうに展開しようと、それを肯定したい。
因に七月号編集後記にわたしは書いた。
以下の通りだが、我々の生きている世界は、何時の時代も一つの糸で繋がっている連続放送劇のようなものだ。いつも「次はどうなるの」っていう興味高まる所で「はい時間です」って切れてしまうのだ。そして、つづきをわくわくと待つのだ。

▽平成に変った時期は「冬雷」の

勢力最盛期で出詠者三百名に限り

なく迫った頃である。木島先生も

まだ十分に力強く先頭に立ってい

らっしゃった。誌面を注意してみ

ると、文法や表記に関する発言も

多い。また外部の歌集を取り上げ

る中でも、岩田晋次『静ごころ』、

江島彦四郎『緑の音』、二宮冬鳥

『忘路集』等一つの傾向が顕著だ。

木島先生が信頼した文法学者の岩

田先生。二宮先生は当時の「高嶺」

主宰者。そして江島先生はその最

後の主宰者であった。岩田、江島

両先生は昨年逝去された。そして

今月、その「高嶺」より幾人かの

新入会がある。時代はいつも連続

放送劇のように動いている。


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by t-ooyama | 2018-07-10 09:06 | Comments(0)