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門前仲町の三幸苑

みなさま。
広報のアナウンスに沿って、本日のテレビを御覧下さって有難うございます。
会員の永野さんのお店の情報が出るというので、お声をかけさせてもらいました。
いつもお店で頑張っていらっしゃる作品を見て居りますので、その実際の映像が見られるのは一層の親しみの湧くというものです。
結構永い時間の扱いで、おいしそうなチャーハンやタンメンが湯気立ちのぼるあったかみで迫って来て、涎が出ますよね。
値段も驚くほどのリーズナブルで、行って食べたくなりました。
中華料理店で出す「海鮮丼」というのもアイデアですね。
工夫して独得の味や雰囲気を作るのは大切です。
最近はワンコイン弁当、なんていうのも始められたようです。

弁当を始めて開店前の仕込み増えててんてこ舞いの忙しさ

要領が判れば作業を見直して二十個の弁当を十五分で詰める


忙しそうに活動的に頑張る姿は、頼もしいくらいですね。
お店はご姉弟で力を合わせてやっていらっしゃるご様子で、厨房に立っていらっしゃったのが雅子さんだと思います。
ちょっと映るだけで主に弟さんが対応していらっしゃいました。

換気扇の故障を直す話から店内一新リフォームと決まる

壁紙と天井や床を貼り換えおれば机と椅子の古さが際立つ

リフォームしたる室内ぐるりと見渡せば新しき風の吹くを感じる


お店はこうしてリフォームしたばかりのところです。
気分一新、さあやるぞという気合いがあふれています。「新しき風の吹くを感じる」が良いですね。
こういう感性が、新しい何かを生み出します。
短歌作品はいつもパワフルです。
その生き様や日常を反映します。

ちょっとお声でもお聞き出来ればなお良かったんですが、控えめな大和撫子の雅子さんは、さりげなく振る舞われました。
今度は冬雷の大会でお会いします。
この放送もあったので、すこしはお話が弾みそうですね。
門前仲町は、昔「ゆびの会」の勉強会を開いていたところです。
懐かしかったですね。
神社には例の三億円の神輿もあります。
あの神輿は、私も短歌に作りました。

じゃ、みなさま、またいずれ。

ごきげんよう。


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by t-ooyama | 2018-09-26 22:09 | Comments(0)

十月号の発送

本日午前中に納品があり、午後四時に発送完了しました。
二三日お待ち下さい。
十一月号の選歌を締め切りまして、昨日テキスト打ちに回しました。
予定では、テキストにての初校が来週末には終るでしょう。
その後は、5日を目処に再校が組み上がることになります。
最後の校正は、十月八日頃でしょうか。
これだと、十日に印刷所へデータ渡し、
出来は二十日過ぎです。

十月は東京での大会があります。
いろいろスケジュールは繋がって行きますが、
ひとつひとつ、確実にこなして参ります。

簡単なご連絡です。

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by t-ooyama | 2018-09-22 18:11 | Comments(0)

今日は雨

昨日から雨が続いている。
湿っぽいが暑くはない。まあ、楽になった。
金曜日にリニューアルされたホテルの大会会場を観て来たという担当の皆さん、お疲れさまでした。
ちょっと写真も見せてもらったが、コンパクトな使いやすそうな部屋だった。
いずれレポートが中島さんから出るだろう。

編集室では、いま十月号の再校を係に回した所。
本号も本文80ページとなる。
充実の作品三欄だけれども、いろいろ木島先生時代を思い出す事が起きて来る。
忘れていた事、忘れたママにして時代の変化に順応しようって考えていた事への対応に迫られた。
「高嶺」の二宮冬鳥先生を尊敬されていた木島先生が、その考え方に倣って、
「躰」を「体」に代えて使い、「具躰・肉躰・躰操」などと記していた事は記憶に新しい。
「躰」については、わたしも気に入っており「からだ」と読む場合は「躰」をあてている。
でも木島先生の様な熟語にまで使う事は避けて来た。
理由は簡単で、戦後生まれのわたしには、「躰操」じゃ、「体操」のイメージが湧かないからである。

藝術、文藝の「ゲイ」についても、今の「芸」には違う意味が有って相応しくないんだよって仰有っていた。
「芸」と「藝」は本来意味が違っていたのだ。よって「藝術・文藝」って表記されていらした、と思う。

それと同様な意味で、「予」(あらかじめの意味が無い)を「豫」とする。
「余」にはその意味が無いから「餘」を使う。
「虫」は本来毒蛇のマムシの意味だから、普通のムシを意味する「蟲」を使う、という選択が行われていた。
まあ、あの時代なら、それもあり得たかと思う。
何しろ、昭和30年代の話。まだ、新仮名遣いも未成熟で、隙だらけ、不備も目立った。常用漢字の幅についても同様だったろう。
でも、それから40年も経ていれば、間違った意味であった文字にしても歴史を重ねて、それなりの風格が出て来た。
現代では、ちょっと軽いという印象は有るものの「体・予・余・芸・虫」に、そのイメージが伴うようになって来た。
今では「虫」を見て「毒蛇」を連想する人はいないと思う。

そういう背景であったから、わたしも忘れていたが、此処に来て対応に迫られた。
よって、以下の判断をする事になった。

上記の五文字に「蟬」の一字を加えて、
どうしても、この文字を使いたいという拘りを持つ方については、
小誌では、その拘りをリスペクトしようという態度で臨む。
拘って数十年、ひたすら作歌されて来られた一部の皆様にとって、
此処に来てそれを拒否されては辛いだろうなと思われた。

ということである。
ただしこれは、だからこのように書くのが正しいんだと、強く推奨するという態度ではない。
表記は無論大切だけれども、現代の社会の中で、普通に通じている言葉や文字で表記するのが自然だと思っている。
わたし個人は、なるべく普通の文字で表記して行きたい。

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by t-ooyama | 2018-09-02 12:27 | Comments(0)