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来年の表紙絵と『冬雷二〇二〇 作品年鑑』について(追記あり)

早いもので、編集室では新年号の選歌・編集にかかっています。
新表紙絵も印刷所へ回しました。小誌では雑誌の方の表紙絵については、印刷所に製版から任せております。
そしてカラー印刷した一年分を印刷所に保管、それを毎月使い、必要な更新文章を刷り込みます。
その表紙絵は「紫陽花」です。
微妙な色合いがあって、特に澄んだ藍色の再現が難しそうですね。
下に貼り付けます。

来年の表紙絵と『冬雷二〇二〇 作品年鑑』について(追記あり)_c0216213_08355641.jpg
また、継続刊行の四冊目、『冬雷二〇二〇 作品年鑑・自選合同歌集』の方の参加者募集記事を新年号に載せます。
こちらの方は既にテキスト資料は出来上がっており、いつでも参加希望の皆様の元へ、その一年分の全作品データをお届け可能となっております。
今年もまた、皆様からのアンケートにお応えして、いくつかの改革を致します。
先ずは、年鑑後半部分の「作者別・年間全作品」の方の活字をワンランク上げて見易くします。その結果かなりのページ増となりますが、
参加費を五百円アップして対応し、また、こちらの作品欄については、ルビの削除と、詞書きの一切を削除することになり、行間を詰め、一首に一行宛てを実行します。
追記 11月10日22時56分
また、自選26首の方も、今回からは「自選30首」とする予定です。自選の歌数を増やして欲しいという希望も多かったです。
これは結果を見ないとわかりませんが、ページ数が大幅に増えると本の束が厚くなり、郵送時の費用増にも繋がりますので、決定には覚悟を要しました。五百円アップでは間に合わないと思いつつ、でも、皆様のご希望には応えて行かないと、継続刊行など、難しいと判断しました。
どうぞ、ご期待を。

















# by t-ooyama | 2020-11-10 08:50 | Comments(0)

スマホの写真1葉・短歌2首 13 アンスリューム

標記の13回目です。
今回は毎月スマホから短歌の投稿をされる中村晴美さんです。
スマホの達人なので、写真もお手の物だと思い、お願いしました。
美しい花の写真と短歌ですよ。
ご覧ください。

スマホの写真一葉・短歌二首 13

                        中村 晴美

気まぐれに置くテーブルのアンスリューム植物ひとつにリビング和む

雑然とカタログを積むローテーブル鉢を置く為あつさり片付く


スマホの写真1葉・短歌2首 13   アンスリューム_c0216213_21420670.jpg
初めて見る花でしたのでネットで調べました。
花を扱う業者間では、一般的に「アンスリウム」とよばれているようです。アロマなどにも使われるようで、きっと良い香りがするのだと思います。ご覧の通りの仏炎苞で、写真の花は淡い桃色ですが、もっと濃い紅に咲くものもあるようです。
別称「べにうちわ」とか。なるほど形は「うちわ」みたいですが、そんな日本的な名は、この花の故郷を知るとなじまないかも知れませんね。花言葉もあって「飾らない美しさ。印象深い無垢な心」だそうです。素朴で清潔感たっぷりのイメージですね。
この花の鉢を手にした作者は、まず部屋のテーブルの上を片付けて置くことにしたようです。
こんな素敵な花の鉢があれば、少しくらいの乱雑など気にならないと思いますね。
作者を、あらためて片付け上手にしてくれた鉢の見事さに乾杯です。

写真をめぐり作者とメールのやり取りをしましたが、いろいろ今風の言葉を覚えました。それを使って即詠一首です。

スマホ翳し君が撮りたるアンスリューム「ググる」といふ語もネットに調ぶ

新しい花と初めての言葉に目をシロクロの爺やでした。

















# by t-ooyama | 2020-11-06 22:12 | Comments(4)

「短歌21世紀」復刊第一号について 2

引き続き、他のページを読んでゆきたい。
巻頭作品欄の他の方、同じように一首めをあげる。

梅雨の季節何時明けゆくか戸惑へり今日も朝より雨の降りゐて(高橋文博)
五時すでに朝の光となりをれば夜露をふきて腰を下ろしぬ(小林幸雄)
太幹に巻きつきのぼる蔓草の赤芽の先にあをき蒼き空(佐竹玲子)
駅舎より見下す町のしづまりて甍のうへに残るゆふかげ(滝澤一治)
北アルプス縦走したる日のありき少し歩けば腰痛むわれ(多賀陽美)

高橋、小林のお二方は、いわゆる天候の歌。今年の梅雨は長くて鬱陶しいなというような嘆き。早朝から光を感じ、よし頑張るぞと窓から外を眺めるような姿勢を感ずる歌。
佐竹氏は蔓性の植物の強かさを歌いながら、その先に広がる青空に期待を膨らませるような歌か。
滝澤氏の歌は、高いところにある駅舎からの夕方の町の展望。同じ意味なのだが、「見下す」は辞書通りだと「みくだす」と読む。さすがにここは「みおろす」なのだろうなと思って読んだ。辞書的には「見下ろす」と書き分けている。
多賀氏の歌は、若い頃は健脚を誇ったのに、今は情けないね、という高齢になった嘆きであろう。

特別作品25首詠の佐藤光江氏作品。
縫いゆけば次第に気持ちも静まりぬ長き休みに知りたりしこと
「不器用だね」と母に言われしこの指にてきょう作りたる布ぞうり履く
茄子を切るゆっくりと切る速く切る新しきこと探るごとくに
新仮名遣いである。歌の中の「長き休み」は、このコロナ禍によるステイホームの影響からの仕事の休業なのかもしれない。
何か若々しい集中力がこもっている。具体的な作り方にもリアリティーがある。
どこへ向かう国であるのかそれぞれに結局のところまかされている
国民と共にの国民誰なのか今泣く少女か私のことか
こう歌って政治の頼りなさを嘆くにも、生活臭が感じられる。


奥付には、発行人、編集長、副編集長、編集委員などのお名前が記され、合計9名であった。
中には「短歌21世紀作業所」なる所があって、総括 伊藤光冨久 とある。
この作業所は何をする所なのか、ちょっとわからないが、もしかしたら小誌のように印刷データの内製化を進めているのかもしれない。

追記
昨夜遅く帰宅してから「2」を書いた。
少し急いだこともあるが、今朝変換ミスなどを訂正した。取り上げた作品に二つあって、お詫びしたい。
今の新Wordのバージョンは本当に使い難く、ちょっと油断すると隣接候補が選択されてしまう。
一つの文書を書くにも、何度か読み直し、その都度訂正を繰り返し、完成へ近づけてゆくのが実際の姿である。
ご容赦願いたい。


# by t-ooyama | 2020-11-05 23:52 | Comments(0)

「短歌21世紀」復刊第一号について

この五月号より突如「休刊宣言」がなされ、半年間刊行されなかった「短歌21世紀」(大河原惇行氏発行人)の復刊第1号を読ませて頂いた。さる6月25日付の信書で復刊予定を知ったが、ほぼ四ヶ月の準備期間を設けて、実行されたことになる。まずは新出発につきなみだけどエールを送りたい。
6月の信書には、「新型コロナウイルスによる大きな時代のうねりにある中、これを好機と考え、私たちの短歌も新しい時代の波の中で、新しい価値観を発信するもにしたい」という復刊意図が示されていた。
今回の復刊第1号には、編集長の間瀬敬氏の「新しい時代の価値観を発信するものへと変わりたい」との言葉が挙げられている。
復刊第1号は、表紙4色刷り。本文ページ数92。何より変わったのは作品欄の活字の大型化であろう。
1ページ17行どりの一段組となって、小誌の20行組よりも少ないレイアウトである。
文章欄の活字も一回り大きくなって、ゆったり感が出ている。
これは今の時代の主流になりつつある傾向で、思い切った改革であったろうと考える。
作品欄活字の大型化は、小誌に於いては重要な改革案件で、段階的に十年くらい掛けて今のサイズへ定着した歴史がある。当時では珍しかったこの大型活字サイズの作品欄も、今は多くの結社誌が取り入れるようになってきた。
その作品欄を先ずは見てみよう。

ただ日々に文字を心に繋ぎつつあらむ友らの生き方も又(大河原惇行)
としどしの夜ごとの花火の音もなく過ぎゆく夏か心しづかに(間瀬敬)
わたくしに出来るだらうかいや出来る空あをくして光ひたひに(杉本明子)
興津の友来むとの知らせああ楽し遠くに友があることも又(伊藤光冨久)
まだ先が見えてこないと君は言ふ今日はここまでと筆置きし時(桜井敏幸)

巻頭の作品欄の各氏最初の歌である。
皆よく分かるし、それぞれの覚悟や生活の一端が現れている。
それは認めながら、では復刊の覚悟で述べられている「新しい時代の価値観を発信する」ということ、「新型コロナウイルスにより大きな時代のうねりのある中、これを好機と考え」ての言葉をしっかりと踏まえての「新しい価値観の短歌」であるか、と思うと、そういう特別な主張までは読み取れないのである。各氏の今までの作品傾向とあまり変わっていない気がする。まあ一人の作家が長年積み上げてきた短歌というものが、そう簡単に激変など起こり難いとは普通に思う。でも、それを敢えて謳って復刊するのであれば、少なくとも第1号だけでも、大きく打ち出して、全会員に、その復刊の覚悟に沿うような作品を「作れ」と指示を出すくらいのことをして当たり前とわたしなどは考えるのだが、どうだろうか。
巻頭欄掲載の中心の方々の作品がそうなのだから、以降の一般会員の方々の作品も推して知るべしである。
こういう復刊第1号で、本当に大丈夫なのか、少し不安になる。
大河原、間瀬両氏の復刊の覚悟とは違うが「巻頭言 新時代の決意」というのもあり、小川優子氏が述べている、

・・・若い人たちの間で軽い短歌ブームが起きていて、個人主催の新しい大会やウェブ上の不特定メンバーによる歌会が盛んである。一見喜ばしいが、憂うべきは、初心者が手本にしているものが「短歌」というにはあまりにも源泉と異なるコピーライトだということである。・・・それらが「短歌」という名を名乗ってアメーバのように侵食すれば、万葉から続くような「普遍的な言葉」の誕生は今後望めない。・・・「人の心を種とし」た歌の文化の消失は何としても食い止めるべく、私たちは運動しなくてはならない・・・

これは又、一つの覚悟であり正論かと思う。小川氏は、「短歌21世紀」でのホームページ担当のようで、言わばデジタルに強い方と思われる。そういう方のデジタル肯定派の目からも、ネットでの短歌の状況は目を覆いたくなるものなのか、驚くのだが、この小川氏の作品には、主張と通ずる歌が並んでいた。

真夜に呑むキーの乾ける音いくつ誰に伝へむ思ひなるべし
ここよりは手に戻すべきいくつこと知りて頼もしコロナ元年
やや狂ふ日常もちて三月なり目覚めて黒き太陽を見る
曇りには曇りのこころ放ち得ぬ物を湛へて斑にひかる

とにかく無事復刊の「短歌21世紀」の今後には期待を持って注視して行かねばならない。
復刊後のことは、隔月刊行になるようである。
ちなみに第1号の出詠者数は110名ほどであった。
最新版の「短歌研究・短歌年鑑」によると、「短歌21世紀」の会員数は200名とあった。この数で新年を迎えたのに、コロナ禍による休刊半年を経て110名ほどの出詠というのは激減と思われる。どうしてなのか、精査する必要はあろうが、会員の多くは高齢者というのは何処も同じと思うと、半年の休刊によって作歌意欲衰退のダメージを受けた方も多かろうと推察できる。歌作りというのは、何が何でも毎月一定数の歌を作り、それを発表し、その反応などを読みながら、刺激を受けつつ生きているのである。刺激がなくなれば、意欲衰退は自ずから起ってくる。今後どれだけ出詠者の復活がなされるかが、鍵となろう。
それと同時に、この大型活字作品欄を継続してゆくとなると、仮に200名の出詠者に戻ったとしたら、今度は雑誌のページ数が倍増に近くなる計算になる。それも又、大変な費用増で、新たなハードルとして、考えておかねばならないのであろう。

短歌雑誌の運営、刊行って、本当に気のゆるむ時がないのだと思う。

「短歌21世紀」復刊第一号について_c0216213_10452611.jpg




# by t-ooyama | 2020-11-04 10:45 | Comments(0)

12月号下版

2020年最後となる12月号は本日下版され、印刷所へ送られました。
本文80ページと少しスリムです。
連載の「歌集紹介」などの記事を次号へ送りました。
次号には小特集もあり、又、2020年版『作品年鑑・自選合同歌集」の詳細を記した募集記事などもあり、ページ増が見込まれ、
今月は抑え気味の編集になりました。
来年刊行予定の『作品年鑑』は、皆様からの要望の多かった後半「作者別年間全作品」の方の活字のサイズの大型化を考えております。
現行の8ポイントを9ポイントに上げます。これによって、読み易さは向上するに違いないです。9ポイントというサイズは、
他の結社雑誌では作品欄のフォントサイズに定めている所もまだ多くあります。9ポ二段組みの割付は、昔の短歌雑誌なら当たり前で、
今でも、このサイズで印刷している雑誌が結構あるのです。
これをもって、まだ活字が小さいなどの要望は贅沢となり、今後は無くなるでしょう。

来年が四冊目の『作品年鑑』となり、いよいよ正念場ですね。
マンネリを打破し、新しい試みで、今後へ繋げて参ります。

さて12月号の下版ですが、この2日下版は、今までにない早いものになりました。
ご協力を厚く御礼申します。

# by t-ooyama | 2020-11-02 14:32 | Comments(0)