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「醜の夏草」批評御礼 1

拙著『醜の夏草』(冬雷叢書第98篇・現代短歌社刊)は9月4日に刊行されましたが、すでに歌壇において、いくつかの批評や紹介が出ております。簡単ですが、それをあげて、この場を借り御礼申します。

「現代短歌新聞」9月5日号新刊紹介 作品六首をあげて10字×30行にコンパクトに纏めてあります。
「短歌往来」    11月号 「今月のスポット」に作品12首をあげて細部に踏み込んだ批評紹介があります。15字×99行の細かい文字               でほぼ1ページを当てています。
雑誌「すぎなみ 」10月号   松本東亜氏が4首をあげて23字×20行で批評を書かれています。
雑誌「花實」11月号     利根川発氏が7首をあげて、30字×23行で批評を書かれています。
「現代短歌新聞」11月5日号 今井恵子氏が7首をあげて「風通しの良さ」と題して書かれています。10字×66行で書かれています。

心より御礼申し上げたい。
出版元の現代短歌社では大型広告を出して宣伝をしくれています。御礼申します。
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# by t-ooyama | 2020-10-31 06:56 | Comments(0)

旧川越藩御仕置場跡地

川越街道を藤間から市街へと向かう途中に標記の跡地があって、そこには「開明地蔵大菩薩」という大きな地蔵が立っていた。
宝永6年(1703年)3月建立の俗称「首切り地蔵」である。3百年以上前から存在し、最初はもっとずっと先の「烏頭坂」の近くにあったものが、その地に人家が多くなって来て、次第に遠ざけられ現在の場所に移って来たらしい。
川越藩の公的資料にも、現在の場所で「無宿人 平次」なる人物が処刑され「晒し首」になったという記述があるそうだ。この処刑の時は明和9年(1772年)10月で、地蔵建立より70年が経過している訳である。その間、この地蔵の元で処刑されたことがどれくらいあったかは詳しくわからないが、そういう地蔵が令和の今なお、この地に立っていたことは事実である。処刑に赴く前に近所の茶屋で団子を食べた事までが伝わっている。
数年前には、この地蔵を大切に保護する様に、立派な建屋が新築され、そこにはお参りして鳴らす鈴と綱まで備えられていた。
花は絶える事なく飾られ、大切に守られていた様な気がする。建屋を囲む立派な神社風の石の塀まで設えてあった。
如何に大切にされていたか知れるのである。

それがどうした事か、最近なくなっていることに気がついた。あれって思って、何度もそのあたりを通ってみたが、やはり見当たらないのである。あんな大きな地蔵だから、見逃すこともないのだが。
そこでちょっと気になり調べてみたら「山の彼方に」というサイトの2020年2月21日発信の記事にぶつかった。
そして腰を抜かさんばかりに魂消た。
その地蔵は建屋、石の塀とそっくりすべて、ある方々の手により、
ドリルと大型ハンマーの力によって、粉々に破壊され、地蔵は恐ろしい事に、頭と胴体が切断され、瓦礫状に横たわっている写真がアップされていた。実際に3名の男性がぶち壊し作業を行なっている現場の写真も載せられている。
記事によると、ここは私有地であったが、持ち主が変わり、競売にかけられ、隣接市の業者が購入したそうであった。
こういう歴史的な跡地と物が、こんなに簡単に売り買いされ、簡単に破壊されてしまう事が信じられなかった。
300年前から、じっとここを動かず、また近所から大切に守られて来た様な歴史を感じていただけに、ただ驚きである。
手厚く御堂に守られ、大事にされて来たのには、やはり何かの「そうせねばならない」理由の様なものがあったのだろうと、考えると、
この荒っぽい破壊作業が、何か得体の知れない恐ろしさで迫ってくるのである。
写真などがご覧になりたい方は下をご覧下さい。

ogennki3.blog.fc2.com/blog-entry-323.html?sp

1坪にも満たない様な三角地点の場所を売り買いしてどれだけの利益が生ずるのであろうか。
いまこの地は「売地」となって幟も立っている。

使い道があるのだろうか。
どうして、300年の歴史を刻む「開明地蔵菩薩」をそっと設置したままにできなかったのか、壊してしまったものは戻らないので、本当に残念でならない。

# by t-ooyama | 2020-10-28 16:08 | Comments(0)

若き日の土屋文明展

現在展示中の標記のことですが、
雑誌に載せようと思ってスキャンしてあったのですが、スペースが見つからぬままにタイミングを逃しました。
ここにその画像を載せます。
群馬県立土屋文明記念館です。
記念館前には、有名な文明歌碑も建っていますよ。
興味のある方はお出かけください。
招待券もありますので、
希望者はお申出願います。

若き日の土屋文明展_c0216213_12161675.jpeg

# by t-ooyama | 2020-10-27 12:16 | Comments(0)

川越市の「スカラ座」からの連想

川越市の菓子屋横丁の近くに今も残っている映画館が「スカラ座」です。この名はイタリアミラノの国立歌劇場の名に因むもので、映画全盛期には何処にでもこういう名の映画館がありました。名の通り、主に洋画をやっていた時期がありました。
川越で有名なのは「ホームラン劇場・シアターホームラン」というところで、こちらは主に邦画で、東映の任侠路線や、トラック野郎の大ヒット時代に事業を拡大し、オールナイトなどの業態も新規に始めたりして、一時は三階建となって「3スクリーン」を有したというから凄いですね。でも、この映画全盛期は間も無く衰退化してゆき、1988〜2006年の営業で幕を閉じました。
そんなに広くない川越市の中に他にも幾つかの映画館があったというから、驚きですね。
さて「スカラ座」ですが、こちらも衰退化に抗いきれずに、廃業になった時期があったのですが、今は「非営利活動法人」となって、「市民映画館」として親しまれています。定員124人だそうです。
スカラ座の歴史は実に明治へ遡れます。
出発は、明治38年の寄席「一力亭」でした。それが
    明治40年に「おいで館」に変わります。そして
    大正10年に「川越演劇館」になり、
    昭和20年に「川越松竹館」となり、主に松竹映画をやるようになり、
    昭和38年に「川越スカラ座」となりました。
この映画館が、今なお「市民映画館」として存続するのは、こういう長い歴史を川越市と共に歩んできたシンボル的な存在だったからかもしれませんね。
上記では「川越松竹館」に変わる前までは「川越演劇館」を名乗っていた訳で、演劇館なので、映画ではなく、芝居なども興行していたのかもしれません。川越で演劇を、となるとこの「川越演劇館」での興行と考えられます。
というのは、亡き師の実兄「木島秀夫」は芸能界に関わった人で、今話題の「活動写真弁士」(カツベン)から、俳優の方へ転身したようなのであります。師匠の敗戦直後の作品に、

仕事ありて妻と巡業にゆくときにいたく気のあふ兄とその妻(歌集「みちのく」)
原宿のバラックに戻るを怖れゐる兄の葉書は巡業先より

などがあります。探して見つからないのですが、同様の歌で、兄が川越に巡業に行ったという作品も確かありました。
この時代に巡業に来た川越と言えば、もしかしたら、「川越演劇館」ではなかったのかと思いました。
そういう話があると、何の変哲もない「スカラ座」ですが、妙に親しみも覚えます。
木島秀夫の俳優としても最後の演技を図らずもテレビで見ました。
お亡くなりになるちょっと前のことで、確か人気のテレビドラマのワンシーンで、お亡くなりになった祖父か何かの設定でした。
つまり「死人」として布団に寝ている演技なのです。
ああいうのもやはり演技ってなるんだなあって、思いました。
木島秀夫は小誌の中では「平野元」を名乗って優れた作品を発表し続けました。

# by t-ooyama | 2020-10-24 13:20 | Comments(0)

スマホの写真1葉・短歌2首 12 追記あり

スマホの写真1葉・短歌2首 12

江波戸愛子


ひさかたの光やさしく差しこめる並木の道を君に付き添う


朝の日が映すふたりの影法師ほどよき間たもちて歩む 

最新版です。

たぶん、写真の中を走っている方の後ろをお二人が歩いているのでしょうね。

「ほどよき間」を保って歩いているのは、大和撫子の作者が三歩下がってゆく姿かもしれません。

「つき添い」「ほどよき間」を保つお二人には希望に満ちた朝の光が「やさしく」降り注ぎます。



追記  十月二十日 八時三十分 

昨夜十二月号の投稿歌の選歌をしましたが、その中に江波戸さんの歌があり、それはこの写真の時の作品の様でした。

「つき添う」はまさに稲田さんのおっしゃる通りの様です。わたしはうっかり「付き合う」と同じ感覚で読んでしまいました。

「ほどよい間」は、もし転倒でもしそうになったら、手を貸して支えるという「間」です。

読み違えて失礼しました。

でも、一連はさして悲観的な内容ではありませんでした。この道を歩いた、かつての思い出や、亡くなった愛犬のことなども

歌われていました。光はやさしくふりそそいで、七十代夫婦の会話ある一連に思えました。締めくくりの一首は、

  並木道歩みいる時この下を流るる川を夫の言えり

というもので、この写真の並木道はどうやら暗渠の様ですね。

美しい木陰の並木道で、近くの方々の憩いの場なのかと思います。

少し間違いがあるので、申し訳なく、最初の文をちょっとだけ、訂正しました。


再び追記  十月二十三日  六時十三分

このところ、このシリーズへの、みなさまの書き込みがありません。

せっかく公開しているので、ご覧になったら感想を書き込んでみては如何ですか。

ご覧になれば必ず感想を抱くはずです。

それを作者へ贈るのは、親切と思いますがね。また友情でもあります。

例えば月々の選歌で、わたしは添削などということもさせてもらいます。これはガラでもないので、嫌なのですが、

小誌広告に「添削無料」をうたっており、無料なので「お願いしよう」という会員も多いので、わたしも無料なので。

添削しましょうという気持で担当しております。

お金を貰って添削をするって、正直言って半端ない気遣いになるからです。

この添削は、指導などという趣旨ではなくて、読者となって「読んだ感想を述べる」作業なのです。

選者とは、その方の作品を一所懸命に読む「読者」になることだと思っています。

読めば必ず感想を持ちますからね。

そういう感想を書いてくだされば良いのだと考えますが、なぜ書き込みがないのか、不思議です。

この状態でアップを継続していても、あまり有益とも思えません。

今回の反応を精査して、もし状況への打開が望めないようならば、

この企画のネット公開を終了します。




# by t-ooyama | 2020-10-19 14:48 | Comments(9)