新年おめでとうございます

皆さま。
あけましておめでとうございます。
今年も一年間お体大切に願います。
体が丈夫でなければ短歌も続けらせません。

わたくしも気をつけねばなりません。
実は昨年末の30日夜半から猛烈な悪寒がきて、
翌31日午後4時には我慢が出来なくて、近くの総合病院に
行きました。
なにしろ38.9度というすごい数値がでて驚きました。
結果は新型でも通常のインフルエンザでもなくて「ただの風邪」
との診断で、薬を三種類貰いました。
ただの風邪で38.9度かよっていう気分でしたが、薬を飲んで半日で
とても楽になりました。おかげさまで、こうして記事を書いていられます。
でもやはり完璧ではありません。食欲はいまいちで、すぐに下痢症状になり、
完治まではしばらくかかりそうです。
ラッキーだったのは、冬雷の二月号初校を出した直後だったことです。
ほっとした油断があったのかもしれませんね。
油断大敵です。

わたくしにとって若干波欄の年始でしたが、皆さまは如何でしたか。
今年も宜しくお願いいたします。

# by t-ooyama | 2010-01-01 18:54 | Comments(0)

アジロ綴じ

広報様
お疲れさまです。
いま、冬雷二月号の「本を作る」4回目の組版が終り、初校を送ったところです。
そこで、イップクという意味でホームページを見ましたら、あじろ無線について書いてありました。
ちなみに冬雷はその「アジロ綴じ」です。
通常「アジロ綴じ」の方が頑丈にできるので上製本にも使われます。田中先生が仰る「糸かがり」になると、今は余程でないと作れません。非常に高くつくことになります。
広辞苑などの高価な辞書は今でも糸かがりです。
冬雷のような小雑誌が「アジロ綴じ」であることは、胸を張って良いことです。
多くは普通の「無線綴じ」か「中綴じ」です。

ついでですが、本を作るの4回目は「豆本」についての記載がありました。可愛い猫ちゃんが主役の豆本でした。

# by t-ooyama | 2009-12-29 01:57 | Comments(0)

富士山マガジンサービス様

インターネット上で様々な雑誌の紹介をして、そのネット販売を手がける会社は幾つかあります。富士山マガジンサービス様(/~\Fujisan.co.jp)はそういう業界の大手です。
実は夏頃に、例によって熱病のような「妄想」に取り憑かれたわたくしは、この富士山マガジンサービス様のサイトに「冬雷」をアップしてもらい全世界に宣伝したら面白い、と思いました。その独りよがりの熱狂の中で、知らぬ間に連絡をしてしまったらしいのです。
あれから3〜4か月が経ちましたが、このたび思いがけない返信が舞い込みました。実に誠意溢れた言葉に満ちたもので、わたくしは感動してお酒が進み悪酔いしたほどです。いずれにしても妄想から始った熱狂という渦の中での出来事なので、醒めてみれば、分相応が一番、なんて思っているところですが・・・
富士山マガジンサービス様のサイトを通じて、どこまで、何をアピールするのか? できるのか? となると慎重にならざるを得ません。売れなくては富士山マガジンサービス様も商売にならないわけで、冬雷は良い雑誌だけれどもばかばか売れるかとなると「さあ〜」とならざるを得ませんしね。
それにしても、富士山マガジンサービス様は冬雷ホームページをご覧になり、わたくしのほうに返信をくれたようですから、ひょっとしたら、ホームページのインパクトがあったのかもしれませんね。それはまた、嬉しい事ですが・・・

今後どういう展開になるかは不明ですが、いろいろなことが起こるものですね。
とりあえず、書いておくことに致します。

# by t-ooyama | 2009-12-24 23:01 | Comments(0)

失敗ばかりです

今日は三木一徳様より歌稿が届きました。
たしか今月はすでに頂いており、返信もした筈だと思いつつ封を切って驚きました。
三木さんから「毎月二通提出して一通戻って来るのですが、今回は二通戻りました。一通を掲載用の原稿としてお使い下さい」というふうに一筆箋にありあます。わたくしが間違って二通とも送ってしまったようです。これじゃ、編集時に三木様の原稿が「無い」って騒ぐところです。助かりました。三木様も驚いたことでしょう。申し訳ありません。
よく注意していますが、それでもこんな間違いをして申し訳ないことです。前から似たような間違い例がございます。返信分の原稿を違う方の返信用封筒に入れて送ってしまったこと。あの時も参りました。お二人とも親切に戻して下さったのでことなきを得ました。お世話になりました。
これからも、このような間違いが無いとは言えず、その節はどうぞよろしくお願い致します。
今日の失敗談を記しました。

# by t-ooyama | 2009-12-19 23:10 | Comments(0)

夏暦

今日届いたのは、王紅花さんの個人誌「夏暦(かれき)」の22号であります。
すこし厚めの紙を二つ折りにした4頁に表紙も後記も奥付もある編集です。サイズはB5変形判の四角い作りで、いわゆるミニコミ紙となります。わたくしの若いことにはこういうミニコミ紙が結構ありました。わたくし自身もA5判サイズ1枚表裏での個人紙「短歌工房通信」を7号まで発行した経験があります。これがこのブログのタイトルに転用されているわけです。
「夏暦」22号は、表紙をめくると見開きに紅花さんの29首の連作が掲載されています。この号はこいつで勝負というのでしょう。潔いですね。このミニコミ紙は22号と言ってもその創刊はかなり大昔になります。一年に一回とか二回とかの発行だったんじゃないのでしょうか。
紅花さんとの出会いは、わたくしが三十前後の頃に「仏子」の宮岡昇さんの家で行った「ぶどうの会」という集まりでした。葡萄農園を経営していた宮岡さんが軸になって、石井利明さん、毛利文平ご夫妻、大河原惇行ご夫妻、大橋栄一さん、それに、紅花さんと御主人の松平さんが集まりました。これからの歌壇をどうやって活性化しようか、というような意見交換があったりしましたね。
当時から紅花さんは、青梅にお住まいでした。容姿端麗の才媛で長い黒髪が記憶に残っています。宮岡さんもいまは故人です。わたくしも年を取りました。でも、こうして昔ながらの(たいして年をとらない)ミニコミ紙が折に触れて舞い込むと、自ずから気分も若返ります。有難いことです。
  午後は雨といふ予報なり高窓をふさぐ水木の若葉そよぎて
  林中に姥百合かたまりてゐるところあれば盆休みにその花を見む
という歌が見えます。
お住まいの青梅の山の中の自然なのでしょう。
やはり紅花さんも、年を重ねられて、歌の調べにしっとりとした落ち着きがでてきたようです。

電脳? 時代の今日では、こうした昔ながらの情熱と品格を秘めた活動も見なくなりました。寂しいと言えば、そうですね・・・

# by t-ooyama | 2009-12-14 00:29 | Comments(0)